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アメリカ型社会かヨーロッパ型社会か

text by

小泉龍司

2006.06.02

●地元の方から次のようなメールをいただきました。
「産経新聞の朝刊13面の正論に、「小さな政府だけが改革の道なのか」と題して、自民党も民主党も目指しているのはアメリカ型のように思う。マスコミもヨーロッパに目を向けるべき。国民に選択肢としてヨーロッパ型モデルも用意すべき。と言っている。りゅうちゃんが言っていたことかなと思いメールしました。」

●今の日本は政治家もマスコミもそして、それに影響されて国民も、アメリカがやることをあまりにも、素朴に正しいと思い過ぎると感じます。
アメリカは小さな政府。 しかし社会は大きな貧富の格差に覆われています。
「貧しい人を豊かにするためには、豊かな人をより豊かにするのが早道」と考える社会です。
ヨーロッパには伝統的に「社会的連帯」という考え方があり、雇用、社会保障、中小企業、農業、に政策の重点を置いています。
経済力の地方分散とそれを裏付けとした地方分権も実現しています。
ヨーロッパのやり方がすべて正しいわけではありませんが、現在のアメリカ一辺倒の考え方で進むと地方の荒廃と貧富の差の拡大、モラルの低下と治安の悪化がますます進む怖れがあります。

●アメリカにおける貧富の差を明確に示した例が、昨年の夏ルイジアナ州を襲ったハリケーン「カトリーナ」による被害です。
この時、ルイジアナ州・ニューオリンズから脱出できなかった車を持たない大勢の黒人が被害を受け、数千人の死者が出ました。
事前に救出の手が差し伸べられていれば多くの被災者の命を救うことができましたが、米国政府はこうした貧しい黒人層の実態を把握しておらず、テレビニュースで流れる避難の車の列を見て、ニューオリンズ市民のほとんどが脱出したと誤認しました。
加えて大統領が夏休み中であったこともあり、対策本部の設置が大幅に遅れ被害が拡大したことが大きな問題となりました。
また、市民を守るべきルイジアナ州の州兵の三分の二がイラクに派遣されていたということも被害に拍車をかけました。
米国政府は急いで災害復旧のための手当金(2,000ドル・約20万円)をニューオリンズ市民の銀行口座に振り込みましたが、多くの貧困層は銀行口座を持っていませんでした。
米国の銀行では、手間(コスト)がかかる小口預金者を銀行取引から排除するために多額の口座維持手数料を課しています。
日本でも、シティバンクは毎月2,000円の口座維持手数料を課しています。その結果、年間24,000円が預金残高から差引かれることとなり、預金金利が1%とすれば預金口座の残高が240万円以下であれば、年間の利息24,000円より手数料のほうが高いことになってしまい、手数料が預金の元本に喰い込んでしまいます。その結果、銀行に預金をしておくと預金が減ってしまうこととなり、小口の預金者は銀行取引から締め出されてしまいます。
こうした実態を、米国政府が知らなかったということも大きな失策であり、批判を浴びることになりました。
この「カトリーナ」の被害を境にして、米国では内政面においては大統領の支持率がピークアウトし、低下傾向に入りました。
こうした米国の実態は、もはや他人事ではありません。米国における「貧困率」(注)は現在約17%ですが、日本の貧困率の水準も急速にこれに近づいており、現在約15%に達しています。日本の貧困率の高さは、OECD先進諸国の中で米国に次いで二番目の高さです。日本はアメリカ社会を10年遅れで追いかけてきましたが、少なくとも負の部分では、10年よりも短いインターバルで米国に近づいています。

●これに対しヨーロッパでは、1830年代に生まれた「社会的連帯」という考え方が国民の社会意識の底流として、また、各政党が共有する政治理念として強く生きています。
社会を形づくるひとつの軸として「自由競争」。またもうひとつの軸として「社会保障」、「雇用」、「中小企業」、「農業」、「環境」といった社会の安定と公平を維持するための土俵作りが政策の軸になっています。
この複眼思考がヨーロッパの政治と社会の基本になっています。
ヨーロッパ諸国は、アメリカという国を特殊な国であると見ており、アメリカが唱える完全なる自由競争は、一握りの勝者ではない多くの国民を幸せにはしないと考えています。
それにもかかわらずわが国では、政治も社会もアメリカへアメリカへとなびいていくのはなぜでしょうか?
この点については日(稿)を改めて述べさせていただくことにしたいと思います。

(注) 貧困率とは、その国の所得の多い人から少ない人までを並べて、その中で ちょうど真ん中の順位の人の所得の半分未満の所得しかない人の割合であり、OECD諸国の貧富の格差を比べる基準として、国際的に用いられているも のです。