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日本の政治の弱点

text by

小泉龍司

2006.07.28

ワールドカップ・ドイツ大会も決勝トーナメントが始まりましたが、日本は予選F組最下位となり、早くも姿を消してしまいました。予選敗退の責任は誰にあるのか、といった話題がマスコミや巷で盛んに取り上げられていますが、その中で、「なるほど」と思った議論がありました。「敗戦の責任は国民にある」という議論です。
日本チームはかねてから決定力不足が大きな弱点だといわれてきましたが、なぜここ一番で鮮やかなシュートが打てないのか。今回のワールドカップでも多くの国民がそう感じたはずです。そのことの責任は国民にある?ということは、どういうことなのでしょうか。
ヨーロッパや中南米ではプロのリーグ戦の一試合一試合に、国民は大きな注目と関心を寄せます。「サッカーは宗教だ」といわれるような地域や都市が沢山あります。そうした全国民や全住民の注目を一身に集めるリーグ戦の試合においては、選手は猛烈なプレッシャーを受け、そのプレッシャーを跳ね返す精神力と集中力を鍛え上げなければ、ゴールを生み出すことができません。

それができない選手は、すぐにリザーブチームに降格されます。こうした国民的な注目とプレッシャー、それを乗り越えて生き残った各国代表選手の勝負強さを我々は、今、目の当たりにしています。他方、Jリーグでは一定の技術さえあれば、第一線の選手生活を(仮に大事な場面でシュートミスをしても)続けていくことができます。ここに大きな差があります。
国民の熱くかつ厳しい視線が超一流選手を育てていくという議論は、まさに当を得ていると思います。

日本の「政治」のレベルは、もし「政治のワールドカップ」があったとしたら、決勝トーナメントに進めるレベルに達しているのでしょうか。
あくまで私見ですが、日本の政治についてもサッカーと同じ結果になるのではないかと思います。
思いつくままに挙げれば、日本の政治の弱点は、

  1. 自民党、民主党いずれも国民に明確に示せる価値観を担っておらず、両政党の本質的な違いが何か、有権者にはわからない。
  2. 政治家が目先のことしか考えない(福田康夫元官房長官もそう述べている)。
  3. 政治家が十分な説明責任を果たさず、また福井日銀総裁の不祥事(村上ファンドへの投資問題)を政府与党が庇うという事例に表れているように、「ノーブレス・オブリージュ(リーダーたるものが率先して果たすべき責任)」の感覚が失われている。
  4. 消費税問題など、財政再建問題を先送りにしてきた大衆迎合主義(ポピュリズム)。
  5. 総理訪米を前にした、米国産牛肉の拙速な輸入再開に典型的に見られるように、国民を軽視した安易な対米追随。

こうした政治の状況は、もちろんゴール前でミスキックしたFWの選手の責任が指弾されるように、まず政治家や政党の責任が問われるべき問題です。

しかし、国民全体がJリーグに普段はさほど関心を寄せないのと同じように、多くの国民が選挙の時以外、普段は政治を自らに直結する重要なものであると捉えているのかどうか。昨年の郵政解散の折、マスコミが吹かせた風に煽られた有権者がいるとして・・・日頃、政治というものをどう捉えているのか・・・。

ここで真に述べたいことは、政治家の責任、国民の責任云々ということではありません。
ともに日本という国をトータルな国のあり方として、「政治」のワールドカップ決勝戦まで進める国にできるよう、政治家と有権者が普段から、相互に真の緊張関係と協力関係を作っていくことが極めて大切であるということです。