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ベストセラー『国家の品格』の著者・藤原正彦先生とお会いしました

text by

小泉龍司

2006.09.25

昨年末、ホームページでもご紹介した藤原正彦氏の著書『国家の品格』(新潮新書)が200万部を超えるベストセラーになっています。

とても分かりやすい語り口調で4〜5時間で楽しく読めますので、是非皆様もご一読をお薦めします。

今や売れっ子になったその藤原正彦先生と、先日昼食をご一緒させていただく幸運に恵まれました。

大変気さくで、著作同様にユーモアにあふれる方でいらっしゃいました。また、物事の本質を見抜く洞察力、直感力とそれを裏付ける国際性、文化、歴史に対する造詣の深さには、あらためて感銘を受けました。

西欧近代化の過程で重視されてきた「論理」は有用ではあるが、その西欧型論理の出発点にあるのは「金儲け」は倫理的に正しい、あるいは神が祝福してくれるというキリスト教の一学派が打ち立てた「信仰」であるということが、藤原氏によって『国家の品格』の中で明解に示されています。

これだけ世界的な貧富の差の拡大が進み、これが益々加速していくことを是とする現在の「新古典派経済学」のありようを見ていると、西欧型論理から生み出された経済学も一種の「信仰」であるとの氏の指摘には納得がいきます。

またそれは「信仰」であると同様に「勝者の論理」でもあります。すべての情報コストはゼロであり、それを市場参加者は平等に入手し得るという「新古典派経済学」の前提そのものが成り立ってはいないということにすぐ気づきます。少数の勝者が市場を支配する「寡占」に米国経済も苦しんでいますが、その解決策も未だ見つからないまま、米国ではトップ1%の富裕層が富の50%を占有するという極端な格差の拡大が進んでいます。

こうした矛盾を「自由」とか「平等」という耳当りのよい綺麗な言葉でごまかすことが限界に達しつつあると思います。

藤原氏はそのことも的確に指摘しています。

「自由競争」という論理に酔ってしまった世界は、社会を少数の勝ち組と大多数の負け組みにはっきり分ける仕組みであるアメリカ型の「市場経済」に画一化され、飲み込まれようとしています。

だからこそ自民党総裁選挙においても「再チャレンジ」や「絆」といったことが主張されるようになってきました。最近では「金銭至上主義」が国民の心を侵食し、社会には殺伐とした雰囲気が立ち込めています。

こうした点を踏まえ、藤原氏が最も強く述べられているのは、「論理というのは、大きさと方向だけをきめるベクトルのようなものであるが、座標軸がないと我々はどこにいるのかわからなくなってしまう。座標軸とは行動基準、判断基準となる精神の形、すなわち道徳です」という点です。

「日本には愛、誠意、忍耐、正義、勇気、惻隠(他人の不幸への敏感さ)、名誉、恥などが織り込まれ多くの日本人の行動・判断基準として機能してきた武士道精神がありました。これを復活するべきである」と述べられています。

長い歴史の中で日本民族が育み蓄積してきた知恵と心の在り方の集約である「武士道」を、いつしか我々は忘れ、「市場主義」という一種の信仰の中に浸ってしまっているということに早く気づかなければなりません。知らず知らずのうちに先祖から着実に伝えられてきた日本人の知恵と品格を忘れ、西欧型論理という一つの信仰にすがっていこうとする国、日本。

こうした深刻な問題を、格差問題や教育問題などの一政策分野に限定して論じる前に、こうした国民の座標軸の在り方、国民の精神の在り方を訴える社会運動を興し、国民世論の形成に挑戦していくことが政治の最も大きな使命ではないのか・・・・・。

私は藤原先生と語らいながらの昼食のひと時、そのことに大きく心が動くのを感じました。

さらに研鑽に励み、私の存在の一番奥深いところからそのことを訴えられる政治家を目指すことを固く決意し、藤原先生に再会を約して頂いて、和やかな、しかし何ものにも代えがたい2時間の会食の席を後にしました。