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成長神話と自殺率

text by

小泉龍司

2007.04.25

日本人の人口あたりの自殺率は、先進国中最も高い。
約10年前、90年代後半から自殺者が急増し、交通事故者数の約4倍、毎年3万人以上の方が亡くなっています。特に、中高年男性の自殺者が多いことが指摘されています。

わが国の国内総生産は、アメリカに次ぎ世界第2位。自他ともに認める経済大国日本が抱える異常に高い自殺率。
これは何を意味しているのでしょうか。
一つには、経済格差拡大の問題があります。
懸命に働いても、生活保護を受けざるを得ない水準の収入しか得られない、いわゆるワーキングプアの問題に現れている労働機会、労働条件の不平等の問題です。
国全体が豊かになる(経済成長する)ことと、一人ひとりが幸せになることとのギャップが大きく広がっていることは、紛れもない事実です。(この問題は、私がこの10年間、主張し続けてきた問題であり、改めての機会に、詳細に触れることにします。)

そしてもう一つは、モノ(サービスも含め)を作り、モノを売り、モノを消費して人間の欲望を大きくかつ速く満たすという、いわば一つのサイクルの中にいつしか現代人がすっぽりはまってしまった(捉えられてしまった)ということに大きな要因が潜んでいるような気がしてなりません。
もし人間が「消費する機械」ならば、このサイクルを大切にすることにより、すべては満たされ、人間は幸福へと導かれるでしょう。
しかし、人間は「消費する機械」ではありません。
人は家庭を持ち、人間関係を持ち、そして心を持ち、生命を持ちます。
人々がこれらの人間としての基本的価値を自ら見捨てたわけではありません。
しかし、人々が日々の生活の中で、いつしか「便利」や「楽をする」ことを覚え、これを追い求めるために、1円でも多く稼ぎ、一円でも多く消費することを目指しはじめているとすれば、現代人は知らず知らずのうちに集団的に、「経済成長の奴隷」(高橋伸彰、立命館大学教授)となっていかざるを得ないのです。

その中で家庭生活を見失い、人間関係が壊れ、さらには生命をも削る過重労働からも逃れられなくなったとしたら…。
そんな社会に日本が変質してきているとすれば、経済の器がどんなに大きくなっても、いやむしろそれが故に、「幸せ」から遠ざけられる人々の数は増え、わが国の自殺率は更新を続けていくことになるのではないでしょうか。
生産→消費→生産のサイクル、すなわち今日の「自由主義経済」は、少なくとも先進国の人々を貧困から救ってくれたという大きな効能を持ちます。しかしその効能が大きいだけに、裏側にはそれに見合う大きな害毒が潜んでいます。
だからこそ我々は、これを使いこなさなければなりません。
決して、この「自由主義経済」に我々が使われ、働かされる奴隷(機械)の道を歩んではならないのです。