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国民の我慢にも限界がある

text by

小泉龍司

2007.06.29

 本日(6月29日)、公務員にボーナスが支給された。あまりにもずさんな、年金記録漏れ問題で、「国民の信頼を裏切ったことは、上下、関係ない。行政をあずかる人すべてに責任がある」(村瀬社会保険庁長官)との理由で、政府は、安倍総理以下、社会保険庁の全職員1万7000人に賞与の一部返納を求めることを決めた。

 社保庁職員へのボーナス全額支給は、世間の猛反発を受けることを恐れてのことであろうが、こんなことで、我々国民の怒りは収まるはずはない。いやむしろ、この非常に「形式的なけじめ」に対し、多くの国民は、強い違和感を抱くだろう。

 今回発覚した、膨大な年金記録漏れ問題は、国家による犯罪と言ってもよい要素を持っている。その罪を誰が犯してきたのかを、厳格に突き止める必要がある。年金受給の完全なる原状回復が「今後に向けての責任の取り方」であり、原因となった事実と人を突き止め、償いを求めるることが、「これまでの罪に対する責任の取り方」である。

 我が国では「責任」という言葉が非常にあいまいに、かつ、当事者にとって都合よく使われるケースが多い。

 「責任」には、今述べた二つがある。過去の責任だけを追及しても、将来に向かって誤りを正さなければ、同じことが繰り返されるだろう。また逆に、将来に向かって改めると言っても、過去の本当の原因(者)が突き止められなければ、改めようがないし、過去のことがあいまいに不問に付さるとなれば、また怠慢と不作為が頭をもたげるだろう。

 だからこそ、政府は過去と将来に向けた、二つの責任を明確に果たしてもらいたい。それが国民のみなさんの考えであろう。それに対して、今回のボーナス返上は何なのか?

 真に責任を負うべき人は誰なのか、未だわからないまま、こうした形式的かつ曖昧な対応をすることで、逆に今述べた二つの責任の真の所在が、ぼやけてしまい、わからなくなってしまうのではないか。

 政府は、混乱せず、筋道を間違えずに、二つの責任をきっちりと取ってもらいたい。国民の我慢にも、限界があることをしっかりと認識した上で。