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アメリカ医療の悲惨な実態を描く「sicko(シッコ)」(マイケル・ムーア監督)

text by

小泉龍司

2007.10.05

 2002年、「ボーリング・フォー・コロンバイン」でアメリカの銃社会の病理を告発し、アカデミー賞(長編ドキュメンタリー賞)を受賞。2004年、「華氏911」でイラク戦争の欺瞞性を鋭く描き、カンヌ国際映画祭・最高賞パルムドール賞を受賞した、マイケル・ムーア監督の三年ぶりの新作映画「sicko」の上映が日本でも始まった。

 「アメリカの医療制度は病気(sicko)だ。」と、アメリカ医療の悲惨な現実にカメラを向けるこのドキュメンタリー映画は、6月にアメリカで公開されるや否や、同日公開の「ダイハード4.0」を抜いて大ヒットとなり、急きょ200館拡大上映されることとなり、現在全米441館で上映され、極めて大きな反響を呼んでいる。

アメリカは市場原理主義の国である。

 医療も例外ではない。医療サービスも薬も「商品」として扱われる。そこに民間医療保険会社が介在して大きな決定権を持つ。結局は患者も、本質的には「人間」ではなく「商品」として扱われている。

その実態は矛盾に満ちた悲惨なものである。

 アメリカには公的保険制度がない。例外的には低所得者向けと障害者向けの公的保険(メディケア・メディケイド)が存在するだけである。病気・事故に備えての「貯え」をしようとすれば、民間保険に入るしかない。しかし、この民間保険は、できるだけ保険給付をしない(保険会社が儲かる)ように仕組まれている。

 「既応症」を抱える人達は保険加入を拒否される。拒否される既応症リストは、膨大なものである。紙に書き出せば、そのペーパーで一軒の家を何重にもラッピングできる長さになる――と映画では描かれている。

 結果として、全米で5000万人の人が「保険」という「備え」を失う。

 また、民間保険に加入している人も、ささいな手続きミスを突かれ、いざとなると保険給付を拒否される。当然、保険会社が認める治療法・薬にしか保険給付は認められない。給付の可否を審査する保険会社の委員会の医師達は、拒否率を上げれば上げる程、自分の報酬は上がる仕組みになっている。その罪悪感に耐え切れず辞める医師も多いが、その醜い現実は変わらないことを、医師の一人が米国議会の公聴会で訴えている。

そして、医療サービスと薬の価格の問題がこれに重なってくる。

 医療サービス、薬の価格を「公定価格」によりコントロールできないアメリカでは、同じ薬がアメリカで12,000円、キューバでは6円(2000倍の価格差)として映画で描かれているように、理不尽と思われる水準に達している。

 旅行先のハワイでけがをして、ハワイの病院に入院して帰国したカナダ人が、数千万円の請求を受けた話が出てくる。(映画には出てこないが、例えば盲腸手術をすれば、アメリカでは約200万円請求される。)

 現に、日本の外務省も旅行中アメリカで病気やけがをした時は、できるだけ日本に帰国して治療するべきである、と警告している。

 こうした公的保険の不備とアメリカ民間保険会社の非人道的な運用、そして医療サービス、薬の自由価格の間で、病気を抱え込むと家を失うということが現実に起こる。それを映す映像は悲惨だ。

 「事故で失った二本の指のうち、どちらか一本の指の接合手術だけ保険給付するから、どちらかの指を選びなさい。」という場面。これがあのアメリカなのかと、目を疑いたくなったが、それがアメリカ医療の紛れもない現実の姿である。

他方で、国民皆保険が整備されているイギリス・フランスは全く別世界。

 「治療費は?」と聞くマイケル・ムーア監督の問いに、病院も患者もその意味がよく分からない。返ってくるのは、おかしなことを聞く人だ…という笑いである。一定の所得を持つ人を除いて医療費はゼロ。貧しい人には病院への交通費が支給される。

さて、日本の医療保険制度は、また現行の「医療制度改革」は、アメリカ型、ヨーロッパ型のいずれを向いていると、皆さんはお考えでしょうか。

 医療費の自己負担は引き上げられて3割。既に、日本は公的保険7割、民間保険3割の世界になっている。このままでは、自己負担分が5割にまで引き上げられる恐れがある。

そうです。確実に日本の医療保険制度は、アメリカ型へ向かっているのです。

 稿を改めて述べることにするが、混合診療の解禁、包括払い制度の導入、医療への株式会社参入の解禁など、政府の経済財政諮問会議などで、財界出身の民間議員から出てくる医療制度改革の提言は、すべてアメリカ型医療を目指している。

 彼らは、アメリカの悲惨な医療の現実を知っているのだろうか。

 この映画は、アメリカ社会の中にいるアメリカ人から提起された、「アメリカ型社会のあり方は間違っている」という明確かつ強烈なメッセージである。この映画を観たアメリカ人の観客の93%がこの映画を支持している。

 皆様方にも是非一度観ていただきたい映画である。