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「面白い番組」と政治 −メディアの功罪−

text by

小泉龍司

2008.01.04

 年末恒例の紅白歌合戦の視聴率がNHKの奮闘の甲斐なく、昨年は2004年に次いで史上2番目の低さだったとのことである。民放の看板番組であるテレビドラマの視聴率が年々低下を続けている。娯楽が多様化し、さらにインターネットが普及したことにより、視聴者を継続的に引きつけられる、コンテンツ(番組)を生み出すことが難しくなってきている。そう言えば確かに、我が家の娘二人もほとんどテレビを見ない。私の知人の広告代理店社長は、「テレビは、ある日突然、終わる」と予言しているが、テレビ局はそのことをまだ深くは認識していないようだ。

 しかし、テレビ界全体としての視聴率の低下は、明らかにテレビというメディアを、悪循環に陥らせている。テレビ局は、益々、日々の目先の視聴率稼ぎに走り出す。とにかく流行に乗り、奇をてらい、捏造し…。そのため、番組の内容は年々劣化し、それがまた視聴率の低下をもたらしている。その中で、テレビ局は「面白いネタ」を探して、ワイドショーに頻繁に政治を取り上げるようになった。政治のワイドショー化である。

 これにいち早く気づいた政治家もいる。政治がワイドショー化していくことを戦略的に認識し、次元が低かろうが、筋が通っていようがいまいが、国民をテレビの前にいる「視聴者」として捉え、テレビ局のプロデューサーの感覚で、番組=政治を組み立てる。それが小泉元総理が編み出した手法であった。視聴率に苦しむテレビ局が、これに飛びつかないはずはない…という計算もあっただろう。実際、テレビ局はここぞとばかり、先を争って飛びつき、これを増幅し「劇場型政治」として放映した。

 確かに番組=政治は面白くはなったかもしれない。しかし、その「番組=政治」の内容は、「視聴率=支持率」の獲得とは裏腹に、劣化していった。それはテレビが一方通行であるが故に、視聴者=国民の本質的チェック(本当に満足しているのか、という反応)が返ってこないからだ。そうとは気づかずに、テレビ局が目先の視聴率にのみ目を奪われ、目新しさだけを追い求めた結果、番組を劣化させていったのと同様に、政治も目先の支持率に目を奪われ続け、「改革」という言葉さえレッテルとして貼っておけば支持率は安泰だ、と考えているうちに、自身も気づかぬまま、その内容を劣化させていった。

 政治が劣化した結果、年金、医療、介護など社会保障のほころびと地域格差の拡大や税・社会保障負担の増加という形で、後日、国民はこの面白い番組(政治)の極めて高い「鑑賞代金」をきっちり請求され支払わされることになった。国民がそのことに気づき、「この番組=劇場型政治はもう見たくない。もう代金も払いたくない。」と意思表示をしたのが、昨年の参議院選挙であった。

 双方向のインターネット、誰しもが情報発信できるインターネットに、テレビというメディアがその座を奪われる日はそう遠くない。だから、政治にも、新たな視点が必要である。一方通行のテレビではなく、双方向のインターネットに対応した、チェックとフィードバックができる政治が。毎日毎日面白い…わけではなくても、継続して有権者に参画して頂ける政治を。その結果として、劣化しない政治を!新しい年の挑戦として、このホームページでも取り組んでいきたい。
 皆様方からの双方向のチェックを切にお待ちしております。本年も、引き続きどうかよろしくお願い致します。
 新しい年のご健勝と幸せを心よりお祈り申し上げます。