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<非正規社員をはじめて過労死認定>−低賃金に加え過酷な残業の実態−

text by

小泉龍司

2008.07.28

 埼玉県・春日部労働基準監督署は、先月6月13日に、外食チェーン「すかいらーく」の店長(有期契約社員)であった前沢隆之さんが脳出血で死亡した(昨年10月、当時32歳)のは、長期労働が原因となった過労死であるとして、労災認定を行った。
 非正規社員の過労死認定は、これまで例がないということで注目を集めているが、この問題のポイントは2つあると考える。
 第一は、「非正規社員」についても、過労死が認められたという点。そして第二は、「店長」という役職までも、非正規社員のままで雇用するという、企業のコスト削減主義の実態が明らかになったという点である。
 第一の「非正規社員にも過労死が認められた」という点については、確かにこれまでに前例はなかったが、これは、法の趣旨に照らせば当然のことであると考えられる。労働者保護の基本法である労働基準法では、保護の対象として、正規労働者(正社員)と非正規労働者(有期契約社員・派遣社員・パート・アルバイト)を何ら区別してはいない。
 雇用契約形態という「形式」の違いによって労働者の人権・生活権保護の必要性が異なる(優劣が生じる)ということはあり得ないからだ。従って、今回、労働基準監督署がとった措置は当然のことであり、そのことがニュースになること自体、むしろ不自然なことであると思う。
 私が注目するのは、むしろ第二の点である。前沢さんは、91年(高校2年生の時)に「すかいらーく」でアルバイトを始め、その後15年間働き続けて、ようやく06年3月に1年契約の有期契約社員として採用された。と同時に、「店長」という職責を負わされることとなった。店長以外は全員アルバイトかパートという労働条件の中で、アルバイト等の欠勤により空いたシフト(営業時間;午前8時~翌朝午前5時の21時間営業)を自ら埋めるのも店長の責務であり、この点を含め、すべての業務の最終責任を負わされた。その結果、朝7時に出勤し、翌朝午前2~3時に帰宅する生活を一年半にわたり強いられることとなった。残業は、月に100時間以上(ちなみに過労死認定の基準は月80時間以上)、遺族の計算では、亡くなる前3か月間の残業は、月200時間を超えていたそうだ。
 「不安定な雇用のまま死ぬまで酷使された」という批判があるのは当然だが、さらにその本質を見れば、不安定な雇用であるが故に、「正社員にするから」という形で、過酷な残業へのプレッシャーを受け続けたというのが実態であった。文句を言えば正社員になれないという弱い立場に置かれ、無制限の残業を強いられてきたのだ。 低賃金に加え「非正規社員」に課される、過重なコスト圧縮圧力の新たな実態が明らかになった。
 私も20~30代の旧大蔵省勤務時代、100時間を超える残業を恒常的に経験してきたが、そこではプライベートな生活は無い。家に帰ってきても家族と会話する時間もなく、ただ寝るだけの生活であった。私の同期入省者の倉川君は、30代前半で過労死した。倉川君を亡くした悲しみは、今でも忘れられない。

 「努力すれば報われる社会」から、ますます遠く離れていく社会−日本。
 いやそればかりか、「努力すればする程、過労死に追い込まれていく社会」を、我々は、今、日本の若者に提示してしまっている。その厳然たる事実を真っすぐに直視し、深く認識し、根本的な是正策に真剣に取り組むことなくして、前沢さんの死を弔うことは、決してできないのだと思う。