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医師不足はなぜここまで放置されてきたのか?

text by

小泉龍司

2008.08.01

 先日、閣議決定された経済財政諮問会議の「骨太の方針2008年」では、社会保障費の削減が堅持される中、医師不足については、「別枠」で対応するとの考え方が示された。また、厚生労働省も「安心と希望の医療確保ビジョン」をまとめ、医師不足の解消を目指す方向に、ようやく腰を上げた。しかしながら、そもそも、国民の生命と健康を保障することが基本目的でなくして、何のための厚生労働行政なのであろうか?ここまで医師不足を放置してきた国・厚生労働省、そしてそれを見過ごしてきた政治の責任は、極めて大きいものがある。

 昨年6月に、本庄市で開催した私のシンポジウムでは、医療問題を取り上げ、そこでも指摘したことであるが、医療の「現場」における医師不足は深刻である。救急病院の数は、5,076病院(2001年)→4,644病院(2006年)へと減少し、現在も減り続けている。私の地元でも、救急車が来てから、搬送先の病院が決まるまで数時間もかかるケースが現実に起こっている。

 また、産科医不足、小児科医不足も全国で極めて深刻であり、例えば、青森県内40市町村のうち、30市町村では産科医はゼロである。地方だけではない。各都道府県のがん診療の拠点に指定された全国47病院のうち、約3割の病院が医師不足に陥っており、その頂点である国立がんセンター中央病院では、今年3月以降、麻酔科医の一斉退職のため、手術数を2割も減らしている。

 こうした状況に陥った理由は明白である。

(1)国はこうした医師不足を「放置してきた」のではなく、むしろ国の施策として、これを「推し進めてきた」のである。

 厚生労働省には古くから、「医療費亡国論」という考え方が根強くある。「高齢化の進展により、医療費が巨額なものとなり、これが国を危うくする」という考え方を、かつて、旧厚生省のある局長が論文に記した。実は、この考え方こそが、今日までの厚生労働行政の基本にある考え方なのである。
 「医療費の増大を抑えるには、医師の数を増やさない方が良い」との考え方に基づき、国は既に昭和57年に、「医師数の抑制方針」を決定している。それ以降、大学医学部の定員が抑えられたまま、25年が経過し、今日、日本の医療は崩壊に傾いている。
 今、医学部の定員を増やしてみても、来年度の医学部入学者が一人前の医師になるのに、10年はかかるであろう。従って、医師数が実際に増え始めるのは、10年先のことである。その成果が医師総数全体の増加に結びつくのに、さらに10年以上。要するに、25年かけて減らしてきた医師数を元に戻すには、やはり20~25年かかるということである。

(2)医師の総数を抑えることに加えて、医師の偏在をもたらすような措置がとられてきたことも大きい。

(a) 医師の地域的な偏在をもたらした原因

 2004年に導入された「新臨床研修制度」により、新卒の医師は自由に研修先の病院を選べるようになった。これまで「医局」の指示により、大学病院や系列の地方病院に派遣されていた研修医は、医局の指示を離れて、大都市の大手私立病院を選択するケースが増えていった。最新の設備・機器や医療技術に触れられるからである。
 貴重な戦力である研修医が減った大学病院は地方の系列病院から医師を引き上げた。その結果、地方病院のほとんどは急速な医師不足に陥ることとなった。
 新研修医制度は大学病院の「医局」の力(人事権)を削ぐことを目的とするものであったと思われるが、そのことの良し悪しは別として、「医局」によって未然に防止されていた医師の大都市集中への防壁が取り払われ、勤務医が大都市に集中し、地方病院に残った勤務医も人手不足が進む中、激務に耐えかねて離職者が相次ぐ、といった悪循環が始まることとなった。

(b) 医師の「診療科間」の偏在をもたらした原因

 元来、産科・小児科は深夜に及ぶ不定期な診察などで敬遠されがちであったが、近年、医療事故に対する訴訟が増加したことなどの要因が重なり、志願者が減り、その結果、現在の医師への負担が一層重くなって、また敬遠されるという、これもまた悪循環が生まれている。
 フランス・北欧・ニュージーランドなどで導入されている「無過失補償制度」(医師の過失がなくても補償を認める)を導入すること、また、小児科・産科の診療報酬に上乗せを行うなどの措置を取り、未然に偏在を防ぐことはできたはずだ。それを怠ってきた国の責任は大きい。

 こうした経過から導かれること、それは、政治と行政が「現場」を把握することの重要性である。そしてもう一つ、「現場に立って」、政策課題の優先順位を決めることの重要性である。
 「医療の現場」を知らない、また知ろうともしない厚労省と医療費削減に最優先の順位を与えてきた政治がもたらしたもの、それが今日の深刻な医師不足なのである。