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竹島問題を考える−「国境」とは何か?−

text by

小泉龍司

2008.09.02

 竹島(韓国名・独島)の領有権をめぐり、日韓の緊張が高まっている。
 竹島を中学校社会科の新学習指導要領・解説書にどう記述するかという問題をめぐり、国内では、文部科学省(竹島を「日本固有の領土」として明確に記述し、教えるべきという立場)と外務省(政府の公式文書に記述すれば韓国の反日世論が高まり、親日的な李明博大統領の新政権下で好転してきた日韓関係に再び大きな溝ができるという考え方)の間で、大きな対立が起こった。
 結局、文部科学省が押し切って、同解説書に記述を行うことになり、その結果、韓国側は駐日大使を本国に引き揚げるとともに、7月29日には、現職首相でははじめて韓昇洙首相が竹島上陸を強行。さらに翌7月30日からは韓国海軍・空軍が合同で大規模な「竹島防御訓練」を敢行した。

 竹島(島根県隠岐郡隠岐の島町)は、日本海に浮かぶ、0.2平方Km(日比谷公園くらいの大きさ)の島であり、日本と韓国の最も近い海岸線からほぼ等距離に位置している。日韓双方の大陸棚とはつながっていない。

 この小さな孤島の領有権が日韓双方で大きな問題になるのは、この竹島を領有することにより、そこから広範囲な「排他的経済水域」を確保することが可能となるからである。排他的経済水域とは「主権」は及ばない、従って他国の船の航行などは自由であるが、その海域の水産資源や海底地下資源などを優先的に利用することが可能となる水域である。

 領土の確定については国際法上の「占有理論」があり、これによれば(1)先にその土地を見つけ、かつ(2)先にその土地の領有の意思を公的に示す、という2つの条件を満たせば、その土地はその国の領土として確定されることになる。
 竹島は江戸時代(1661年)に幕府が伯耆藩の大谷・村川両家に竹島領有の権利を与えて、日本の漁業の拠点として、利用してきたという経緯がある。
 その後の経過を経て、1905年に明治維新政府がこれを島根県に編入するとの閣議決定を行った。これに対して、韓国からは「竹島編入の前年、1904年に締結された第1次日韓協約により、韓国は外交権・財政権を奪われ、事実上、日本の保護国化していた。従って、異議申し立てできる状態ではなかった。」との反論が行われている。戦後になり、1965年に日韓基本条約(日韓国交正常化条約)が締結されたが、日韓双方とも国交正常化の実現を優先し、竹島問題は棚上げにされてしまった。この間、韓国は竹島に建造物を建て韓国警察がこれを管轄下に置き、事実上、今日まで竹島を不法に占有してしまっている。

 この複雑な経緯を解きほぐし解決に導くには、国際的な司法判断を仰ぐべきとするのが日本の立場であり、国際司法裁判所への提訴を日本は韓国に提案している。これは正しい判断である。(判決には国際法上の強制力があり、従わなければ、国連による制裁措置を受ける。)
 しかしながら韓国はこれに応じようとはしていない。両当事国が提訴しなければ、国際司法裁判所は提訴を受理しないため、国際司法裁判所の判断を仰ぐことができないまま、今日に至っている。もし、韓国が自らの主張の正当性を確信するのであれば、韓国は提訴に応じるはずである。
 我が国の立場からは、この点が最も納得できないところである。国際社会を構成する先進国の一員として、韓国には、国際司法裁判所への提訴に応じる責務がある。

 我が国は四方を海に囲まれ、他民族の侵略を受けたことがない、非常に恵まれた国際環境の中で歴史を経てきた国である。従って、どうしても「主権」という概念に敏感ではない − 肌身を通して感じていない − 部分があるのではないかと思う。
 陸地の国境を接する国々では、確固たる「国境」とその内側への他国の侵入・侵略を許さない、確立された「主権」がなければ、ある日突然に他民族の侵略を受け、自らと家族の生命が奪われるということが起こり得る。
 従ってこれらの国々では国民は「主権」「領土」「国境」というものに非常に敏感である。それは自らの生命と安全を守ることに直結しているからである。
 島国である日本に生まれた我々は、その意味では幸運なのかもしれないが、だからこそ、国民は歴史的にあまり経験がない他国との国境紛争の経緯や状況について、明確にその内容を知る必要がある。
 さもないと、何かの契機に、詳しい経緯も知らされないまま、他国への極めて感情的な反発が生まれ、それがとめどなく増幅していく恐れがある。時の政権が求心力を得るために、意図的に他国への憎悪を掻き立てる策をとることは、古今東西、日常的に行われてきたことである。
 こうしたエモーショナルな動きを慎重に排除した上で、竹島の領有問題やさらには北方領土問題についても、我が国は、広く国民的な認識と理解を広げた上で、国際社会に向かい、正々堂々と主張を掲げていかなければならない時期にきている。
 こうした観点から、竹島問題については、これからも常に注視していきたい。