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『地方は、絵に描いたモチを必要としていない』-地方の貧困と人口流出-

text by

小泉龍司

2008.10.07

 総務省が先日発表した全国の人口動態調査によれば、東京・名古屋圏への人口集中と関西圏の停滞、そして地方の過疎化が急加速していることが明らかになった。

 地方圏の人口の減少は、2003年以降、特に最近5年間、減少率が年々拡大しており、人口流出に「加速」がかかってきていることが、大きな第一のポイントである。
 「東京一極集中」と呼ばれる現象は、バブル期以前、80年代から進行してきたが、「小泉構造改革」により、(地方の再生に道筋をつけることなく)、地方への財政支出を、一律に機械的に絞り込むことが定着した2002~2003年以降、地方圏の人口の減少が特に、加速してきているのは、当然の帰結である。
 東京に政府機能があり、また例えば外資系企業の9割が本社機能を東京に置いているなど、東京など大都市圏には確かに集積のメリットがある。
 また大規模な人口そのものが、様々なサービス経済の需要を生み出し、それが又、そうしたサービスの提供者としての人口増を生む、という循環も生まれる。従来はこうした「経済合理性」の中で、大都市圏への人口流入が起こってきたと考えられる。しかしながら、先に述べたとおり、2000年代に入って以降、地方→大都市への人口移動が加速している背景には、これまでのような都市側の要因(集積のメリット・サービス経済の需要など)に加えて、地方側の要因が大きく作用しはじめたという点が第2のポイントである。

 「地方側の要因」とは何か?
 それは、端的に言えば「地方で食べていけない」という状況である。

 「構造改革」の中で、地方が生きていく道筋が示されることはなく、他方で地方交付税と公共事業費がカットされ、加えて、社会保障費が削減された。この3つの措置がすべて同時に行われたことが、地方経済に致命的なダメージを与えた。

 この財政支出カットの代替措置として、「地方分権」が叫ばれてきている。「地方分権」は、極めて重要な課題である。しかしながら、地方分権をしても、経済システムが自動的に「地方分散」になるわけではない。地方分権が経済に与え得るのは、あくまでも間接的な効果、そして大きなタイムラグが伴う。
 地方は、言わば「地方分権」というキレイな絵に描いたモチを見せられ、他方で、本物のモチ「財源」を奪われてきたのだ。いわゆる「三位一体改革」と称する措置の中で、地方は3兆円の税源を得たが、他方で5兆円の地方交付税を失ったことが、象徴的である。
 こうして地方では、人口減少ばかりか、高齢人口の増加(東北・四国・九州などでは4人に1人が高齢者)と生産年齢人口(同6割程度)の減少が続き、それがまた経済の停滞を招き、地方では食べていけない人を増やしている。

 では、大都市に行けば、豊かに暮らせるのだろうか?
 答えは「NO」である。

 東京の失業率は約10%(全国平均は4%台)に上り、20歳代の3分の1は非正規雇用、そのうち4割の若者は年収100万円以下の生活に苦しんでいる。「東京一極集中」により国全体の経済競争力が高まり、その恩恵が地方にも及ぶならば、一極集中を全否定することはできないが、今加速している「一極集中」の背景には、地方の貧困、そしてそれが大都市に移転するという、これまでになかった深刻な底流がある。
 数字の表面だけを追うのではなく、その背後にある実態の変化に目を凝らした上で対応策を取らねば、決して現状を救うことはできない。
地方は「絵に描いたモチ」を必要とはしていない。