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消滅したアメリカの「投資銀行」―その実像と虚像―

text by

小泉龍司

2009.05.14

(1)全世界に5,000万人の失業者を生み出した、金融危機の発生源となったアメリカの投資銀行。金融自由化とグローバリゼーションの流れの中で、一時は「わが世の春を謳歌」したこのアメリカの金融業態も、リーマンブラザースの破綻以降、次々と買収の対象となり、あるいは商業銀行に転換し、金融危機の発生からわずか半年足らずの間にすべて姿を消してしまった。長い間アメリカ金融資本主義の主役であった「投資銀行」という金融業態は、もはや存在しない。

(2)そもそも「投資銀行」とは一体何だったのか?世界経済の成長が続く中、金融資産が次第に蓄積され、年金基金、生保、金融機関の他様々な投資ファンドが生まれ、それぞれの資金が少しでも有利な運用先を求めて、国境を越えて頻繁に移動を繰り返すようになった。
 こうした動きに対応して、個人や企業ではなく、言わば金融のプロを相手とする、ホールセール(卸売業)的金融業務に特化する金融業態として「投資銀行」が生まれてきた。投資銀行は、従来の「証券会社」の中から生まれてきたものであるが、「証券会社」と本質的に異なるのは、売買する金融商品を自ら作る(組成する)という点である。
 従来の証券会社は株式・国債・社債といった伝統的な証券の売買を仲介し、手数料収入を得てきた。しかし、この既存のマーケットに新興の証券会社が食い込むことは容易ではない。
 マーケットシェアを増やす一番手っ取り早い方法は、新しい魅力的な金融商品を(証券)を作り出して、その取引マーケットを独占することである。こうした形で、新興の証券会社が自ら新しい商品を作り、その売り上げシェアを伸ばすという形で、「投資銀行」という新しい金融業態が生まれてくることとなった。
 ソロモンブラザース、ゴールドマンサックス、リーマンブラザースなどが、新しい金融商品としてデリバティブ(先物取引)や様々な証券化商品を生み出していった。こうして新しい金融マーケットと投資銀行という金融業態が生まれ、ウォールストリートには若くして巨万の富を築く伝説的なディーラーも現われたが、その「実像」は別のものであった。

(3)投資銀行が生み出した新しい金融商品の内容は、時には数百ページに及ぶ極めて複雑な確率論の計算式から成り立っており、これを買う側は、たとえそれが金融機関であれ生保であれ年金ファンドであれ、その内容を把握し商品の構造を理解することは不可能であった。
 その商品に関する情報は、これを売る側すなわち、その金融商品を作った投資銀行にすべて握られている。買う側は何故その商品がその値段なのかは、わからないまま買わされる(投資する)ことになる。はじめから「公平なゲーム」ではないのだ。最近になって、当時の投資銀行の関係者がそのことを白状している。
 リーマンブラザースがのめりこんだサブプライムローンをベースとする証券化商品についても、全く同様であり、投資家は無責任な格付機関の格付を鵜呑みにして、正確なリスク評価とプライシング(値づけ)なしに、これを購入して(させられて)きた。

(4)そしてついには、投資銀行自体がこうした「欺瞞性」の中に飲み込まれてしまった、というのがサブプライムローン問題の実像である。顧客(投資家)の目をごまかすために、商品を複雑化することに熱心に集中するあまり、「年収200万円以下の人に5,000万円以上貸し付けする(従って確実に貸し倒れが発生する)」という、サブプライムローンが抱える明白な事実を投資銀行自体が、いつしか忘れてしまっていた。
 いやそれとも、いつかサブプライムロ-ンをベースとする証券化商品は紙くずになることを知っていて、それまでの間に儲けるだけ儲ければ良い、と考えていたとすれば、「投資銀行」という業態そのものが極めて巧妙な詐欺の仕掛けであった、ということになる。
 そして、この虚偽の仕組みが金融自由化のグローバリゼーションの波に乗って世界中に伝播し、罪のない多くの人々を深刻な経済危機の中に、突き落とした。
 他方、「○○兆円」の損失」ということだけが報道されているが、「損失」の裏側には必ず同額だけ儲けた人がいる。それが金融の世界の掟である。こうした富を奪う虚偽の仕組みを、市場原理による効率化(資源の最適配分)ともてはやした新自由主義の罪を、我々は決して忘れてはならないし、許してはならない。