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いま、「新しい政権」と世直しを!—自民党はいつ「国と国民」を見失ったのか?

text by

小泉龍司

2009.08.10

(1)風ではなく「地殻変動」

 マスコミでは、「自民党への逆風が止まらない」と記述されているが、毎日地元を歩き、集会で有権者の方々の声を聞いていると、これは「風ではなく地殻変動」だと強く感じる。
 有権者は明らかに、そして非常に強く、「自民党システム」に代わる「国の作り方」を求めている。
 各党がマニフェストを相次いで発表しているが、有権者が真に求めているものは、個々の政策だけではなく、「新しい政治のやり方」、「新しい国の作り方」なのだということを、日々、肌身を通して感じる。
 自民党がだらしがないからお灸をすえる、という方もいるかもしれないが、今回はそれだけに止まらないのではないか。
 郵政選挙の時に振れた振り子が、反動で反対に触れているという面もあるかもしれない。しかし、今回はそれだけには止まらないのではないか。
これまでの「自民党システム」が歴史的役割を終えた、ということが国民的合意とし確
認されつつある――そういうふうに感じられる。
 このことについて、少し歴史を振り返って考えてみた。

(2)80年代までの政治

 東西冷戦と経済的豊かさの追求という枠組みの中で、「自民党システム」とそれを支える官僚組織は、それなりに安定的に機能していた。
 自民党は「キャッチ・オール・パーティー」(国民のあらゆる要望を満たす政党)として、各地域や業界の要望をきめ細かく吸い上げ、調整し、実現していった。
 官僚組織は、当時1200人いた「本省課長」が、それぞれの担当分野からの要望を、毎年ヒアリングの中で吸い上げ、族議員と一緒になって予算の中に盛り込んでいった。こうした「自民党システム」の下での各種選挙での自民党の絶対得票率(全有権者数に対する自民党の得票数の割合)は30%~40%に達していた。
 絶対得票率が31%あれば、投票率60%の選挙では過半数の票を得ることができる。
 自民党の絶対優位が揺らがない時代であった。

(3)90年代に起こった地殻変動

 1989年12月28日大納会、この80年代最後の取引日につけた株価の史上最高値とともに80年代は去り、明けて90年、地殻変動の10年が始まった。 
 バブルの崩壊、東西冷戦の終了、そして急速な少子高齢化社会へ――日本経済の前提条件は大きく音を立てて崩れていった。
 経済には様々な要素があるが、その本質を見失ってはならない。
 日本経済の根底を変えたもの=地殻変動、それは90年代に生じた次の二つの要素である。
外需(貿易)面――東西冷戦の終了により、旧東側諸国の低い労働コストが製品の形で、旧西側諸国に流入を続けることになった。
 そのデフレ圧力は現在も続いている。
内需面――出生率の低下が決定的となり、急速な人口減少社会に転換した。
 特に、90年代を通じ、中国が「世界の工場」に変貌する中で、日本の企業は非常に強い労働コスト引下げの圧力にさらされることになった。 
 他方、内需に成長の拠り所を求めても、「人口減少社会」が目の前にある以上、企業による投資は当然抑制される。一人っ子同士が結婚すれば、どちらかの両親が住んでいた家は不要となり、その中にある家電、家具、自動車、衣類なども不要となる。
 さらに、孫の世代、一人っ子同士が結婚することになると・・・加速度的にモノ・サービスへの需要は減少していく。
 90年代、そのことを「見通せる」状況になったということが、内需面でその後の日本経済に大きな制約を課すことになった。
 外需に頼り、輸出を増やそうとすれば、労働者の賃金に引き下げ圧力がかかり、他方、内需面では、長期的な「人口減少社会」の見通しの中で企業の投資は抑制されることになった。

(4)「地殻変動」を認識できなかった自民党

 しかし、より大きな問題は、日本の官僚組織と、その上に乗っかった自民党が、この90年代の地殻変動をほとんど認識できなかった、という点である。
 今何が起こり、それが今後、長期的にどのような影響を及ぼすのか?であれば、どのような根本的解決策を見出すのか?――そうした基本的な問いかけを、自らにも、また国民に対してもなさずに、「自民党システム」はバブル崩壊後の後遺症からの脱出を至上命題として、やみくもに内需拡大策=目先の景気拡大策とそのための財政出動に走っていった。
 しかしながら、根本的な解決策が提示されないままの財政出動は、一時的な景気下支え効果はあったものの、結局、それによって日本に新たな展望が開けることはなく、結果的にはただ財政赤字の拡大をもたらしただけであった。

(5)なぜ「地殻変動」を認識できなかったのか?

 では、なぜこれほど大きな「地殻変動」を自民党は認識できなかったのか。
 理由は二つある。
 第一に、自民党は(どの政党も同じだが)、独自の情報収集・分析組織(シンクタンク)をもっていない。結局、基本的には、すべての情報を官僚組織を通じて入手することになる。  
 官僚組織に見えないものは、自民党にも見えないのだ。
 第二に、その官僚組織が非常に強固な縦割り構造ででき上がっているため、個々の分野についての情報は入手できるが、それらの情報の重要度を比較評価すること、他の分野への影響を評価すること(例えば、少子化が経済の重大な制約要因になる)など、膨大な情報の全体評価と意味付けを行うということが極めて困難である。
 官僚組織の全情報を入手し、これを「国家戦略」の観点から分析する部局もない。
 本来、政治家がその役割を担うべきであるが、政治家は個々の選挙区や業界への利益誘導により熱心であり、いわば「国家戦略」族議員というものは存在しない。
 この日本国の統治機構に存在する「エアポケット」の目の前で「地殻変動」は起こった。
 従って、それと気づく者はほとんどいなかった。
 ただし、国民だけは、今起こっていることとそれに対する処方箋は食い違っているのではないか?状況は少しも改善されず、生活は悪い方へ向かっている・・・との実感を強めていった。

(6)小泉構造改革の下での自民党――トロイの木馬の上陸――

 海外からのデフレ圧力は止まらず、少子化も止まらず、財政赤字だけは拡大し、なお展望が開けないまま、21世紀に入った段階で自民党は新たな決断を行った。
 頼りにならない官僚組織に乗っかることを止め、代わりに、竹中元大臣をはじめ、経済学者が唱導する「アメリカ・新自由主義」に乗っかることを決めたのだ。
 騎手は小泉元総理、「アメリカ・新自由主義」は外来の「名馬」と、もてはやされた。
 しかし、この「名馬」は、実は「トロイの木馬」であった。
 この木馬が上陸し、そこから拡散した「自由競争」原理により、非正規雇用労働者が生み出され、貧富の差が広がり、他方、「自己責任」原則の美名の下、社会保障費の大幅な削減が行われた。
 我が国は、そして国民は、甚大な被害を受けることとなった。
 その後の三代にわたる総理の下での政治は、皆さんの記憶に新しいところであると思うが、何をすればよいのか皆目わからないまま、ただ「自民党システム」の延命を図ってきたと見る国民が多いのではないか。
 以上述べたような「自民党システム」の変遷の中、90年代、経済の世界で起こった地殻変動が、10年の時を経て、今、政治の世界でも起きようとしている。
 事態を正確に把握しないまま、いたずらに財政赤字を増やし、さらに影響を検証しないまま「アメリカ・新自由主義」を入れて、さらに傷口を広げてきた。 
 これを「失政」と呼ばずして、何と呼べばよいのか?

(7)目指すべき方向――「自民党システム」に代わるべき力――

 海外からの賃下げ圧力が続き、もはやかつてのように企業が社員を守ることができないのであれば、国が一人一人の国民を守るしかない。
 国とは、突き詰めれば、やはり、一人一人の国民である。
 すなわち、国民がともに支え合い、守り合う国を指向するべきである、という結論になる。
 そして、少子化対策を最重要課題とし、「人口減少社会」の見通しにストップをかけることが大きなポイントとなる。
 これらの政策実現に必要な財源は、徹底した行財政改革から生み出すべきである。

 以上のとおり、今後新たに目指すべき方向はシンプルである。
 要は、これをやるかやらないか、その一点である。
 そして、その一点を突破するためには、自民党中心の政権に代わる「新しい政権」を打ち立てることが必要である。
 多くの国民は、この2009年夏、その思いを確かに共有している、と私は思う。
 もちろん私も、その思いを共有している。

 いま、「新しい政権」と「世直し」を!