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デフレと為替レートの関係――米中の通貨政策が日本にデフレをもたらした――

text by

小泉龍司

2010.03.26

1.基本的な問題に手が届かない国会論戦

 一昨日、国会において、平成22年度予算が成立した。実質的に見て、1月に始まった通常国会の前半が終了したわけであるが、この間の国会での審議は、政治と金の問題と、22年度予算の中に盛り込まれた家計に給付を行う「子ども手当」や「高校授業料無償化」等の施策の是非に多くのエネルギーを費やしてきた、と言ってもよい。もちろんこれらは重要な問題である。しかし、「国民生活を守る」という視点に立つならば、これらの当面の問題とともに、より基本的な、次のような問題に対する答えを見つけるための論戦を国民は望んでいるのではないだろうか。

(イ)なぜ、先進国の中で、日本だけが長期間デフレが進行しているのか。
(ロ)なぜ、先進国の中で、日本だけが際だったスピードで高齢化が進み、人口が減少するのか。
(ハ)なぜ、先進国の中で、日本だけが突出して財政赤字が大きいのか。

 今、日本の国が罹っているこれらの病の原因がわからなければ、決して的確な処方箋を書くことはできないし、その病が治らなければ、仮に来年度予算が組めた(あるいは仮に民主党マニフェストが実現できた)としても、再来年度、またその次と、財政難により予算編成がどんどん難しくなる中で、国全体の力とその中にある国民の力(生活力)も弱っていくことになる。
 政治においてこうした根本的な問いかけと答えを見つける作業がなかなか進まないことこそが、国民の将来への不安感が解消されない最も大きな理由であると思う。私もそのことにもどかしさを感じるが、私は私の立場でできる限りの努力を積み重ねていこうと考えている。
今回は、そうした問題の中で、デフレと為替レートの関係について述べたいと思う。

2.円と人民元の関係

 (1)中国の通貨である人民元の対ドル為替レートは、1980年に1ドル=1.7元であったが、その後の曲折を経て、現在は概ね1ドル=6.8元となっている。つまりこの約30年間に、人民元はドルに対して4分の1の価値まで下がった(元安になった)ことになる。
 他方で、1980年の円の対ドルレートは1ドル=266円であり、直近では1ドル=約90円となっている。つまり、この30年間で、円はドルに対して3倍近く価値が上がった(円高になった)ということになる。

 (2)ドルに対して4分の1になった人民元と、ドルに対して3倍になった円を比べてみると、円は人民元に対して3÷4分の1=12倍の価値を持つ(円高になった)ということである。
 つまり、他の経済条件が等しければ、ドル立てで競争が行われる国際市場で、日本の製品は、あるいは日本人の給与は、中国の製品や中国人の給与に比べて、この30年間で12倍その価格が上がったということである。当然の結果として、日本の貿易財の競争力は低下するし、また相対的に高くなった労働コストを避けるために日本から中国への企業・工場の移転が進むことになった。

 (3)ドルに対しても人民元は4分の1に減価したわけであるから、中国対アメリカの関係においても同じようなことが起こったわけである。その結果、中国は「世界の工場」になり、アメリカの貿易赤字の8割を対中国貿易赤字が占めるような状況になった。

 (4)アメリカでは、年2回、財務省が議会に対して「為替に関する報告書」を提出し、不当な為替操作を行っている国があれば、これを「為替操作国」として認定し、その国と財務省が交渉を行うよう義務づけている。最近の報道によると、4月の報告書の提出に向けて、下院では中国を「為替操作国」として認定すべきとの意見が強まっており、その行方が注目される。(1990年代にアメリカは一度、中国を「為替操作国」に認定したことがある。)
 管理通貨制度をとる中国の為替(元安)政策に対して、アメリカは正面から圧力をかけ始めたわけである。

3.円とドルの関係

 (1)問題は対人民元だけではない。ドルと円の関係にも大きな問題がある。
 もし通貨が違っても、完全にアメリカと日本のマーケットが一つのものであれば、一物一価の法則が働き、例えば、日本円で1本100円のボールペンがニューヨークでは1ドルで売れる、という場合には、1ドル=100円という為替レートが成立することになる。
 こうした同じ購買力を持つ(同じ物やサービスを買える)という意味での均衡レートは、両国の物価水準を比較計算することにより算出でき、これを「購買力平価」と呼ぶ
 他方、現実の為替レートは、主として、実際に貿易取引される国際競争力をもつ貿易財のみの交換レートによって決定されてきたため、上記の「購買力平価」よりも円高方向に振れた水準に決定されてきた。
 (2)しかし、90年代以降、財・サービスのみならず、企業そのものが国際的に移動するグローバリゼーションの時代を迎え、貿易取引されない国内サービス業のマーケットについても、国際的な一物一価への圧力が次第に強まり、結果として「購買力平価」に、現実の為替レートが徐々に収斂していく動きが見られるようになってきた。
 これは、その財やサービスが直接貿易取引されるわけではない、両国の「国内マーケット」同士も、実は相互に関連性を強めてきたということを意味している。
 (3)そしてこの二つの為替レートの収斂は、日本とアメリカ(円とドル)の関係においては、アメリカの国内市場の価格上昇、日本の国内市場の価格低下、そして円安によって行われることになったが、円ドルレートがなかなか円安方向には振れにくいアメリカの通貨政策の下で、円安による調整は限定的なものに止まり、結局はサービス業を中心とする国内マーケットの価格低下と、ひいては賃金の引き下げにより調整が進むことになった。

 少し専門的な説明になり過ぎたが、要は、グローバル化により、昔は海外との競争にさらされなかった国内部門のサービス業などの価格が国際的にみると割高と見られるようになったそして、円が日本の経済の実力以上に円高であったために、この割高感は為替レートが円安に振れることによって調整されることはなく、国内市場の価格と賃金への下方圧力がかかる形で、調整されることとなった。その結果、2000年代に入ると、サービス価格が低下し、サービス業に従事する雇用者への賃金も低下していった。
 これが、90年代以降今日まで続いているデフレ基調の原因となった構造であると考えられる。

4.この分析は、内閣府によるデフレ要因分析とも一致している。内閣府「日本経済2009-2010」によれば、日本における物価低下の最も大きい要因の一つは、サービス価格とサービス業の賃金の低下である。欧米では、サービス価格やサービス業の賃金は年2~4%で上昇しているが、日本ではともに低下している。ここが欧米と最も異なる点であると指摘されている。

5.東南アジア通貨との関係
 東南アジアの通貨も多くはドルに固定しており、また(最近では中国人民元も2008年以降ドルに固定)しており、ドルに対して円が高いという状況は、ひいては東南アジアの通貨に対して円が高いという結果を招くこととなった。

6.このように為替レートの円高傾向が、貿易財だけではなく、非貿易財(サービス業など)についての価格低下圧力となり、また、そこに働く人たちの賃金低下への圧力となった、ということが最近実証的に解明されることとなった(注)。 

7.経済は多種多様な相互連関を持つ多面体であり、デフレも経済現象である以上、多面体であると考えなければならない。
 金融的側面(日銀の金融政策によってコントロールできる部分)マクロ経済的側面(需給ギャップを埋めることによってコントロールできる部分)為替レートが関与する側面(今取り上げた問題)国民の期待成長率が影響する側面(人口減少社会の影響等)など、複数の切り口から切り込み、それぞれに処方箋に基づく対応策を当てていくというアプローチが、デフレ克服のためには必要である。
 そしてまずは、アメリカ・中国という二つの大国に挟まれて、円のレートは「与えられるもの」と考えてしまうこれまでの習性を改め、為替レートとは相手国そしてマーケットと「対話」することができる問題であると捉え直すこと、そのことから始めなければならない。

(注)参考文献
 第一生命経済研究所レポート 経済トレンド 2009年9月号
 「過大評価の修正進む日本経済〜わが国特有のデフレ圧力の一因に内外価格差の是正あり〜」