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子ども手当の支給によって出生率は上がるか

text by

小泉龍司

2010.03.29

1.子ども手当の政策目的

 民主党の目玉政策である子ども手当法が3月26日に成立した。しかしながら、国会審議において繰り返し指摘されてきた通り、子ども手当の政策目的は、必ずしも明確にされてこなかった。

(イ)子どもの養育費に対する補助であるのか(養育費負担を軽減する)。
(ロ)子どもの貧困対策であるのか(子どもの格差を是正する)。
(ハ)景気対策であるのか(家計を温めることにより、需要サイドから経済を成長させる)。
(ニ)少子化対策であるのか(手当支給により出生率を引き上げる)。

 これらのいずれがその政策目的であるのか、結局よく分からないまま、法案は衆参両院を通過し、成立した。
 ちなみに、鳩山総理は子ども手当の目的について、『子どもの「育ち」を社会全体で応援する』と、抽象的に述べるに留まっており、長妻厚労大臣からもそれ以上の説明は行われなかった。

2.また、制度も1年限りの時限的措置であり、従来の児童手当制度の上に1兆3000億円の国費負担分の支給を付け加えるという、急ごしらえのものとなった。
 議論があった所得制限は行われないこととなった。

3.結果として、中学校卒業までの間に、子ども1人当たり月額1万3000円(マニフェストに掲げられた2万6000円の半額)が、この6月から支給されることになるが、2兆3000億円の巨額の予算支出を伴う施策であり、今後、これをどういう形で恒久的制度にしていくべきかという点については、改めて十分な議論と検討を行う必要があると考える。
 そして、その際、非常に重要なことは、政策効果について実証的に検証を行うことである。
 こうした検証が行われることなく、一度作られた制度や施策が自明のごとく継続されてきたことが、「無駄の温床」となってきたというのが、民主党の事業仕分けの論理であるのだから、自らの政権が始めた施策についても、その施策の検証を行うことは当然のことである。
 子ども手当の場合は、先に述べたように、政策目的自体があいまいであるという問題があるが、ここではひとまず、上記に掲げた(イ)~(ニ)のすべてが政策目的として包含されていると解釈する。

4.それでは、子ども手当は、上記に掲げたような政策目的のために、効果を発揮するのであろうか。

(1)まず、子どもの養育費負担軽減や、子どもの貧困対策という尺度を当てて考えてみるならば、従来の児童手当では行われていた所得制限が導入されていない、という大きな問題点がある。一定の所得制限を課すこととすれば、その分、支援が必要な家庭により多額の支給を行う制度設計も可能となる。

(2)また、景気対策としての効果については、若干、国会審議において議論がなされたが、この点については稿を改めて述べさせて頂くことにする。

(3)さて、少子化対策としてはどのような効果を持つのであろうか。先の論考で述べた通り、我が国は急速な人口減少社会に突入し始めており、人口減少に歯止めをかけることは、極めて重要な課題であると考えられる。子ども手当は、半額支給の来年度においてさえ、2兆3000億円という巨額の予算を支出する施策であり、出生率の上昇に寄与することが当然期待されるところであるが、実際のところ、この巨額の支出に対して、我が国の出生率はどの程度反応することになるのであろうか。

5.子育て支援策の出生率に与える影響については、近年少しずつ実証分析が積み重ねられてきている。それらの実証分析の中で、最も踏み込んだ研究を行っているのは、阿部一知氏/東京電機大教授と原田泰氏/大和総研チーフエコノミストによる「子育て支援策の出生率に与える影響:市町村データの分析」『会計検査研究』(38号・08年9月)である。
 この実証分析によれば、出生率にマイナスの影響を与える要素としては、養育費用の上昇、養育費の機会費用としての女性賃金の上昇、また、住宅費の上昇が挙げられる。
 このうち、養育費用の上昇は、親が教育の質の向上を求める場合に上昇し、一般に親の所得水準が上昇すると、質の高い教育を求める親が増え、養育費は上昇する。
 したがって、(本分析の対象となっている)児童手当は、直接的には養育費用を低下させるが、一方で、手当の分だけ親の所得水準を増加させ、ひいては親の教育の質への欲求を高め、結果的に養育費用を増加させてしまう効果も併せ持つこととなる。

6.こうした実証分析に基づいて、19年度の児童手当(1兆300億円)の効果について分析が行われた結果、出生数を引き上げる効果は約1万人、児童手当の支給総額は約1兆円であるから、子どもを一人増加させる財政負担は、年約1億円であると算出される。
 また、保育所を増やすことにより、子どもを一人増やす財政負担は、毎年2780万円という結果が導かれている。
 19年度児童手当による出生率の増加は、1.527を1.540に増加させる程度(0.013ポイント)であるということになる。
 上記論文によれば、これらの結果は、子育て支援策の政策効果を整理したヨーロッパでの研究とも共通している。ヨーロッパにおける研究でも、児童手当・育児休業・育児手当はわずかな効果しかないか、あるいは出産の時期に影響を与えるのみである、との結果が出されている。
 以上の実証分析の効果を踏まえ、ごく大まかに推計すれば、22年度の子ども手当は、この1兆円規模の児童手当に、1兆3000億円の国費を上乗せして支給されるわけであるから、子ども手当導入により見込まれる出生数の増加は、約1万3000人ということになる。

7.このように子ども手当の支給が出生率にわずかな影響しか与えない理由としては、

(イ)子育ての費用は巨額であり、それに比べれば支給額が小さいこと
(ロ)支給額が第二子、第三子へと累増する仕組みになっていないこと

が挙げられている。
 もちろん、子どもの教育の質を高めることは望ましく、子どもを持つ家庭を政府が援助すること自体に意義がある、という議論にも説得力はある。
 こうした子ども手当の多面的な意義を否定するものではないが、少なくとも、少子化対策(子どもを生みたくても生めない家庭の支援)という尺度から考える場合には、予算の規模やその使い道について、根本的に再設計する必要があるのではないか。

 またそもそも、子どもを持つ世帯だけではなく、若年層全体を支えるための、所得再分配政策のあり方を検討すべきであると考える。
 23年度以降、満額支給に要する予算規模は、約5兆3000億円であり、防衛予算を上回る。
 以上のような点を十分に踏まえ、より良き制度にしていくための検討を、これからも継続していく必要がある。