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我が国では「公平な所得分配」が行われているか――「コンクリートから人へ」の意味を問う──

text by

小泉龍司

2010.04.07

1.「コンクリートから人へ」の意味

(1)民主党のキャッチフレーズは「コンクリートから人へ」である。マクロ経済政策の観点に立てば、このフレーズが意味するところは次のとおりである。

  • 「コンクリート」(自民党)の考え方:
    公共投資→経済成長→所得の公平な分配
  • 「人へ」(民主党)の考え方:
    公平な所得分配→家計を温める→消費の増加による経済成長

 すなわち、経済成長を先に考えるか、所得分配を先に考えるか。その点で民主党は、旧自民党政権と根本的な政策の差別化を図ったと唱えている。

(2)この点をめぐる自民党、民主党の間の応酬は、次のようなものである。

  • 民主党による自民党への批判:
    2000年代前半の景気回復期においても、家計には十分な分配が行われず、むしろ格差(所得分配の不平等)が広がった。また、家計への分配が不十分であったため、消費不振が続き内需が拡大しない。
  • 自民党による民主党への批判:
    家計に分配しても、経済成長が実現しなければ、分配するものがなくなり、財政的に行き詰まる。

(3)国民は、こうした両党による批判合戦を聞かされる度に、国の将来に対し、より大きな不安を感じている。「言い争っている場合ではない。所得分配の公平と経済成長の双方を実現できる道を、早く見出して欲しい。」これが国民の率直な思いであろう。
 ちなみに、この問題についての解決策を考える際、一つの有力な素材となるのが、いわゆる「スウェーデン・モデル」である。
 スウェーデンにおいては、「徹底した競争政策」と「徹底した分配政策」を組み合わせることにより、成長と公平な所得分配の双方を目指す取り組みが行われている。
 このスウェーデン・モデルを含め、成長と分配の関係については、稿を改めて述べることとするが、いずれにせよ民主党政権は、「人へ」の分配政策を政権運営の基軸にしている以上、そして、「格差是正」を一つの有力な旗印にして政権交代を果たした以上、我が国における「公平な所得分配」の実現について、大きな政治的責任を負っている。
 その責任は、「公共事業を減らし、子ども手当を創設しました」ということだけでは決して済まない、大きな責任である。
 政権を取った今こそ、日本の所得分配の現状を深く正確に把握し、その改善に向けた目標と政策手段を早急に掲げるべきである。
 本稿では、こうした今後の「分配政策」のあり方の前提となる、日本の所得分配の現状について取りまとめておきたい。

2.全体としての所得分配の状況

(1)各国の所得分配の現状分析については、OECD(2005年)による各国の所得格差に関する分析や、同じくOECD(2006年)の対日経済審査報告などがあるが、ここでは、最新の分析である「年次経済財政報告書」(平成21年度 内閣府)の分析結果のポイントを整理することとする。
 所得分配が平等であるかどうかの包括的な分析方法として、「ジニ係数」による分析がある。
 100人の国民が等しく1万円の所得を得る場合には、ジニ係数は0(完全に平等)となり、1人の国民が100万円の所得を得、99人の国民の所得が0である場合には、ジニ係数は1(完全に不平等)になる。
 ジニ係数は、0と1の間の値となり、0に近いほど平等度が高いということになる。

(2)日本における所得分配は、不平等化してきている。

(イ)「所得再分配調査」に基づく当初所得(税や社会保障により所得再分配が行われる前の所得)のジニ係数は、90年代後半以降、急速に上昇(不平等化)している。
(ロ)税・社会保障(医療等の現物給付を含む)による、再分配後の所得のジニ係数はゆるやかに上昇(不平等化)している。

(3)日本における所得分配は、国際的に見て相対的に不平等度が高い。

(イ)当初所得:我が国の不平等度は、アメリカ及びスウェーデンと同じレベルであるが、より不平等度の高い国として、イタリア・ドイツ・フランスなどの大陸欧州諸国がある。不平等度の大きさはOECD平均をやや下回っている。
(ロ)再分配後の所得:OECD諸国の中で、不平等度は8番目に高くなっている。
(ハ)上記の通り、国際的に見て、我が国の所得格差は再分配前では比較的小さいが、再分配後は相対的に格差が大きい状態となっている。
 これは、我が国の税や社会保障制度の再分配効果が相対的に弱いことを示している。我が国の再分配効果は、英国やカナダなど、アングロサクソン諸国と同程度であり、国民負担率や社会保障給付の対GDP比率が相対的に近いことも、その背景の一つとして指摘されている。

(4)再分配効果の内容についての分析

(イ)再分配効果は、「公的移転」と税が担っている。ここでいう公的移転とは、年金など、社会保障による現金給付にほぼ等しい概念であり、保育や医療、介護などの現物給付は含まれていない。
(ロ)公的移転による所得再分配の大きさは、我が国は各国に比べて高齢化が進んでいるにもかかわらず、小さなものに留まっている。
 OECD諸国の中で、公的移転による再分配効果が日本より小さいのは、アメリカと韓国のみである。
(ハ)税による再分配効果については、我が国はOECD諸国の中で最も小さく、その水準も、他国とはかなり大きな差がある(飛び抜けて小さい)。
(ニ)いずれの国でも、公的移転の再分配効果が、税によるそれを上回っており、OECD平均では、前者が後者の約2.5倍になっている。
 先進国ではいずれも、高齢化に伴い社会保障による再分配が進んでいることが読み取れる。

3.低所得者層の状況に関する分析

(1)相対的に高い日本の貧困率
 所得の高い方から数えていって、ちょうど真ん中の順位の人の所得(中央値)の50%に満たない所得の家計を、OECDは「貧困層」と定義し、全世帯数に対する貧困層の世帯数の割合を「相対貧困率」と呼び、その各国比較を行っている。
 日本の相対貧困率は、2000年代半ばで、15%程度であるが、これはメキシコ・トルコ・アメリカに次ぎ、4番目に高い水準である
 ちなみに、もっとも低いのはデンマークやスウェーデン(いずれも5%強)である。

(2)給付と負担について、低所得層がどれくらいのウエイトを占めているか
 所得の低い方から20%までの家計について、間接税を除く、税・社会保険料負担全体に占める、この層の負担割合と、公的移転給付全体に占めるこの層への給付額の割合についての分析結果は、

(イ)低所得層の負担割合は、各国に比較して相対的に大きい
(ロ)低所得層への給付割合は、各国に比較して小さい
(ハ)以上のとおり、日本における低所得者層に関する再分配効果は、負担・給付いずれの面から見ても小さい。

4.日本における所得再分配の構造について(誰から受け取り、誰に給付しているか)

(1)年齢階層別に見た状況

(イ)5歳刻みの年齢階層別に比較すると、60歳を越える年齢階層では、急激に当初所得のジニ係数が上昇し、所得格差が拡大する。
 これは、年金生活に入る者と働き続ける者の間に、所得格差が発生することなどによると考えられる。
(ロ)再分配による高齢者のジニ係数改善度合は極めて大きく、再分配後のジニ係数は、世代間であまり差はない。
(ハ)他方、現役世代のジニ係数改善はわずかでしかない。
 つまり、我が国の所得再分配は、高齢者層に対してしか働いておらず、若年から中年といった現役世代においては、ほとんど再分配が行われていないということになる。

(2)高齢者層における再分配効果の要因として、その大部分を占めているのが、「年齢階層間の所得移転」(年金による移転)である。

(3)また、同一の年齢階層内での所得再分配は、ほとんど行われていない(2004年では、60歳以上の世帯で、むしろ逆進的な所得再分配効果が観察される)。

5.これらを総括すると、次のとおりである。

(1)我が国では、国民負担率や社会保障給付の対GDP比率が相対的に低いことなどが背景となって、所得再分配効果は、OECD諸国に比べ低い水準に留まっている。

(2)日本における再分配効果のうち、年金などの公的移転による効果の方がまだしも高く、税による効果はOECD諸国中最低となっている。
 再分配機能が弱いため、当初所得の不平等度はOECD平均をやや下回るが、再分配後の所得で見るとOECD平均を上回り、不平等度の高い上位3分の1までのグループに入っている。

(3)相対的貧困率や負担・給付に占める低所得世帯の割合などから見ても、日本では低所得層に対して、十分な再分配効果が及んでいない状況にある。

(4)年齢別に見ると、60歳より若い世代に対し、所得再分配効果はほとんど及んでいない。

(5)60歳以上の世代については所得再分配効果が読み取れるが、これは大規模な年金給付による、現役世代からの所得移転の結果である。

6.戦後、日本に中産階級を生み出すことを目的として導入された、所得税を中心とするシャウプ税制の効果もあり、日本は一時期、先進国の中で最も所得分配の平等度が高い国と言われ、国民もそのことを認識していた。
 しかしながら、90年代以降今日までの約20年間に、国際的な競争の激化、加えて規制緩和による競争の激化(大店法など)、労働規制の緩和による非正規雇用労働者の増加などの複合的要因により、日本における当初所得の不平等度は、アメリカ並みの水準まで拡大した。小泉構造改革がアメリカの「新自由主義」をモデルとしていた以上、それはある意味当然の結果であろう。
 ただし、驚くべきことにヨーロッパ大陸諸国における、当初所得の不平等度は、日本やアメリカの水準を上回っている。しかしながら、ヨーロッパ大陸諸国はその状態を放置しない。税と社会保障制度により所得再分配を行い、分配の不平等をきちんと補正している。
 結果として、ヨーロッパ大陸諸国は、所得再分配機能が弱い日本やアメリカよりも、平等度が高い国になっている。
 公的給付制度が弱いアメリカでも、税はきちんと再分配機能を担っているが、日本の税制にはほとんど見るべき再分配機能がない。

7.国の「不作為」による所得分配の不平等が日本にはある、と結論づけても誤りではないであろう。
 今後の民主党の分配政策は、この事実をしかと認識し、日本における所得分配の不平等度をどの水準にまで補正するのか明確な目標を示し、そのうち税と社会保障がそれぞれにどの程度の役割を担うのか、そのことも明らかにしていくべきである。
 「あれも配ります。これも無償にします。」というのが分配政策ではない。
 誰から誰に、どのように、どれくらい所得を移転するのか?
 それによって、所得分配の平等度はどうなるのか。
 具体的政策と、それをデータで検証していく、新しい本物の「分配政策・マニフェスト」を打ち立てる責任を、民主党は負っている。
 それが「コンクリートから人へ」の本来の意味であろう。