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政府からの給付金・公共投資及び減税の乗数効果について――いずれの施策についても、乗数は1を下回る――

text by

小泉龍司

2010.04.12

1.「乗数効果」とは、経済が現在のような総需要不足の状態にある時に、政府からの支出を拡大した場合に、結果としてどの程度の需要創出(経済拡大)効果が生まれるか、ということを示す指標である。
 すなわち、政府が支出を増やす⇒国民の所得が増加する⇒消費が増える⇒国民の所得がさらに増える⇒さらに消費が増える、という経済の循環を通じて、最初の政府支出による需要創出効果は「掛け算的」に増加していくことから、「乗数効果」と呼ばれている。
 最も単純なモデルは、家計の所得が1単位増えたとき、家計がそのX割を消費に回すことになる場合、その波及効果全体を式で表すと次のようになる。

1+(1×x)+(1×x×x)+・・・・・
=1+x+x²+x³+・・・・・
 1 
 1-x 

 このXは、所得が増えた場合、その中のどのくらいの割合を家計が消費に回すか、ということを示しており、限界消費性向と呼ばれる。

2.かつての高度成長期には、この公共投資の乗数効果の値は2.0から3.0程度と見積もられていた。つまり、1兆円の公共投資が、2兆円から3兆円のGDPの増加を誘発していたと見られている。
 しかしながら、90年代に入りバブル崩壊後、景気対策として繰り返し公共投資が行われたが、その乗数効果は1.4前後まで低下したと見られていた。
 90年代に入り、公共投資の乗数効果が大幅に低下した理由については、次の3点が指摘されている(注1)。

(イ)公共投資の一次的な効果の受益者は、建設・土木産業・鉄鋼・化学・セメント・非鉄金属などの素材産業であるが、産業構造の変化に伴い、こうした素材型産  業に代わって、自動車・電機・コンピュータなどの産業が日本の産業構造の中心を占めるようになった。
 公共投資の増加は、主として建設土木や素材産業には大きな波及効果を及ぼすが、産業連関の中で、上記のような新しいタイプの中心産業には必ずしも大きな波及効果が及ばないため、乗数効果も低下してきたと考えられる。

(ロ)高度成長期に比べると、80年代以降90年代にかけて、石油をはじめとする原燃料の実質価格が約2倍高となり、鉄やセメントの製造コストに占める、輸入原燃料のシェアが上昇した。その結果、公共投資額のうち、かなりの部分が海外に漏れ出てしまい、その分だけ乗数効果も低下することとなった。

(ハ)80年代後半以降、バブルによって地価が上昇した結果、公共投資額のかなりの部分が土地代に消えることとなった。地権者に入るこうした資金は、土地や株などの資産市場を潤したが、それは必ずしも内需を誘発する効果を持たなかった。

3.さて、最近における各施策の乗数効果については、内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2008年版)」により、以下のとおり推計が行われている。
 

(イ)公共投資の乗数効果(実質GDPベース)は、

1年目:1.00
2年目:1.10
3年目:0.97

(ロ)また、所得税減税による乗数効果は、

1年目:0.23
2年目:0.60
3年目:0.60

(ハ)法人税減税の乗数効果は、

1年目:0.48
2年目:0.78
3年目:0.62

(ニ)以上のとおり乗数効果の大きさを比較すると、大きい方から、公共投資>法人税減税>所得税減税の順になっている。
 ただし、公共投資の乗数の大きさも、90年代に比べればさらに減少してきており、1前後となっている。1兆円の公共投資は、その波及効果を含めても1兆円の経済効果しか生まない、ということである。
 また、所得税や法人税の減税については、乗数効果は1をかなり下回り、政府の支出に多くを望めない状況になっている。

4.では、子ども手当の乗数効果は、そのように推計されるのであろうか。

(1)内閣府に照会してみたが、「子ども手当は全世帯に支給されるものではなく、子どものいる世帯のみを取り出して、乗数効果を推計することは困難である。」との回答であった。
 菅財務大臣も、国会答弁(平成22年2月2日)において同様の理由を挙げ、マクロ経済モデルにより、厳密な推計を行うことは困難であると述べ、代わりに次のようなごく単純な試算を示すに留まっている。
 現行の児童手当からの上乗せ分、約1.3兆円×消費性向を概ね7割程度と想定=約1兆円・・・名目GDPを約500兆円とすれば、これはGDPを0.2パーセント押し上げる。

(2)他方で、第一生命経済研究所では、子ども手当の乗数効果の試算を行い、それによると、初年度の名目GDP押し上げ効果は、9141億円であり、これを約2兆3000億円の支給額で割ると、乗数効果は約0.4となる、との結論を導いている(注2)。先に述べた法人税減税と同程度の乗数効果であり、公共事業のそれをかなり下回る。

(3)内閣府の調査(注3)によれば、昨年、自民党政権下で給付された定額給付金のうち、消費として支出された割合は64.5パーセントである。そこから、定額給付金がなかった場合でも消費支出された分を除いた消費の純増加分は、32.8パーセントに留まった。内閣府によれば、平成10年頃の「地域振興券」でも、ほぼ同じ結果が出ていたとのことである。
 このように、子ども手当や定額給付金のうち、実際の支出増加に回される部分は、全支給額の3割程度であると見込まれる。子ども手当が恒久的に導入されれば、支出割合は増えるという見方もあるが、現在のような経済状況、将来不安が続くとすれば、支出割合が大きく増加するとは考えにくい。

(4)したがって、子ども手当の支給総額2兆3000億円のうち、実際に支出に回されるのは、そのうち約3割=約7000億円程度と見込まれ、そこから波及効果があるとしても、その乗数効果は支給総額2兆3000億円の約4割=約9100億円・・・GDPの0.2%程度に留まる。

5.以上のとおり、財政出動の乗数効果は、かつてと比べいずれの形をとる場合にも、かなり小さなものになってきている。リーマンショック後の金融危機・景気後退への緊急措置としての財政出動は、当然必要であったが、今後の持続的な経済成長については、もはや財政政策に多くを頼ることはできない。
 そのことをよく念頭に置いておく必要がある。


〈参考文献〉
(注1)佐和隆光著「平成不況の政治経済学―成熟化社会への条件」中公新書
(注2)日本経済新聞朝刊 平成22年2月14日
(注3)「『定額給付金に関連した消費等に関する調査』の結果について」内閣府・平成22年1月