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デフレ脱却に向けて、金融政策が負うべき役割――政府は金融政策を「アリバイ作り」に利用してはならない――

text by

小泉龍司

2010.05.06

1.近頃、「日銀の金融政策・悪者論」をしばしば目にする。デフレ脱却に向けて、日銀の金融政策は不十分であり、「本格的な量的緩和」を導入することにより、金融緩和をさらに強化する必要がある、というのがその論旨である。
 また、一定の物価上昇率を金融政策の目標として明示する「インフレターゲット」の導入論も、与野党の一部にある(民主党の通称「デフレ脱却議員連盟」による提言など)。
 政府も昨年11月に「デフレ宣言」を行ってからは、日銀に対しデフレ脱却に向けての協力要請を繰り返し行うようになった。


2.政府も与党も、日銀に対しデフレ脱却に向けた協力要請を行うことは当然である。
 しかし、それがいつの間にか、金融政策の怠慢がデフレ長期化の要因(犯人)である、という議論にすり替わっていくことについては、注意深くチェックする必要がある。
 日銀ももちろんデフレ脱却について大きな責任を負っているし、これ以上努力の余地がない、とは言い得ない。しかし、政府・与党から日銀に、デフレ長期化についての責任転嫁が行われるならば、それは決して正当なことではなく、また、デフレ脱却に資するものでもない。


3.我が国の経済は、1990年代半ば以降ほぼ15年間にわたり、デフレ基調が続いている。これほど長期間デフレが続いている国は、主要先進国の中で日本だけである。
 日銀は、1999年2月に「ゼロ金利政策」を導入し、続いて2001年3月から2006年3月までは、いわゆる「量的緩和政策」を導入してきた。
 こうした金融緩和策の下で、無担保コール翌日物の金利は0%に張りつき、銀行が日銀に持つ口座である日銀当座預金残高は、量的緩和策により4~5兆円規模から徐々に積み上がり、最大で30~35兆円に達した。
 また、「消費者物価指数がプラスになり、それが安定するまで量的緩和を続ける」というコミットメントを、量的緩和導入時に行うことにより、量的緩和が一定期間、継続するとの予想をマーケットに与え、長期金利の低下を促した(「時間軸効果」と呼ばれる)。
 加えて、長期国債買切りオペでこれをサポートした。


4.こうした長期間にわたる前例のない金融緩和策がとられてきたが、日本経済は今日に至るまで、デフレ基調から脱却することができない。
 それはなぜであろうか?

(イ)量的緩和策の効果として言われていたのは、日銀当座預金の残高には付利されず、金利収入はゼロなので、これを大量に積み上げさせれば(最大時で30~35兆円)、金融機関は株式や国債などのリスク資産へ運用先をシフトするはずであり、結果として株価は上昇し、国債価格も上昇して長期金利が低下する、というものであった。
 しかしながら、実際にはこの効果は無視できる程度のものであったし、また、マネー・サプライ(金融部門全体が提供するマネーの量)が増加することもなかったのだ。
 (ただし、金融機関に持続的に潤沢な資金を提供することにより、市場の金融システム不安を払拭し、景気の底割れを防いだことは事実である。)

(ロ)少子高齢化と人口減少が進む中、企業はいくら低金利で資金を調達できても、設備投資には慎重にならざるを得ない。個人も、雇用や社会保障への不安からお金を使わない。金融をいくら緩めても、この実体経済の悪循環がある限り、その効果には限度があるのだ。


5.この議論に対しては、次のような反論があるかもしれない。

(イ)マネーの量を増やせば、実体経済の状況にかかわらず物価や資産の価格が上昇し、それが引き金となって実体経済が活性化するのではないか。

(ロ)実質金利は、(名目金利-期待インフレ率)で計算されるが、日本では名目金利がいくら低下しても期待インフレ率も低いために、諸外国に比べ実質金利は高止まりしている。したがって、インフレターゲットの導入など、金融緩和策の強化により、期待インフレ率を引き上げ、それによって実質金利を引き下げるべきである。


6.しかし、これらについては次のように考えられる。

(イ)先に述べたとおり、2001~2006年の量的緩和によって、マネーの量は増加しなかった。また、そもそも多くの国でどの「通貨集計量指標」(マネー)を見ても、マネーと物価との安定的な関係を見出すことはできない。
 つまり、量的緩和によってマネーの量は増えない。
 また、仮にマネーの量が増えたとしても、物価上昇には結びつかないのだ。(この点が明らかになってきたため、通貨供給量を重視するかつてのマネタリズムは、すでに1980年代以降、金融政策の運営基準としての信認を失っている。)

(ロ)(イ)で述べたとおり、金融緩和とマネーの量、マネーの量と物価上昇が無関係だとすれば、金融緩和をいくら進めても期待インフレ率をさほど動かすことはできない。
 期待インフレ率を規定しているのは、むしろ期待成長率であり、実体経済の成長見通しである。
 実質金利の引下げは重要な政策課題であるが、名目金利が十分に低下してきている今、実質金利を引き下げることができる方法は、期待成長率を引き上げることであり、それは実効性のある成長戦略の策定など、実体経済の側(すなわち政府の側)が担うべき役割である。


7.少し細かい議論になったが、金融政策の分野は専門性が高い分野であるため、簡明な反証が必ずしも容易ではなく、乱暴な議論がまかり通ってしまうリスクも大きい。
 もちろん、今ここで述べたことに対しても反論があり得よう。しかし肝心なことは、金融の分野(日銀)が担うべき役割と、実体経済の分野(政府)が担うべき役割を、冷静かつ客観的に見極めることである。
 日銀に対しいたずらに圧力を高めることが、政府与党の「アリバイ作り」になってはいけない。
 真にデフレの脱却を目指すならば、政府と日銀の役割分担を的確に定めることが必要である。そのことを重ねて指摘しておきたい。