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鳩山総理の辞任を考える―総理を「迷走」に駆り立てたものは何か―

text by

小泉龍司

2010.06.02

1.本日(6月2日)、鳩山総理が辞意を表明した。昨年9月に政権交代という輝かしい舞台の上に、颯爽と登場してからわずか8か月半。誠にあっけない幕切れであるが、辞意表明にさほど驚きがないことも事実である。
 それほど鳩山内閣は迷走を続けていた。
 特に沖縄の普天間基地問題についての迷走は、沖縄県民の方々を傷つけ、日米の信頼関係を大きく揺るがせ、また連立パートナー社民党を裏切ることとなり、総理辞任の直接の原因となった。
 8か月半の迷走の果てに、結局は辺野古周辺での基地建設という従来の案に立ち返り、日米合意が改めて交わされることになったが、この8か月半、総理を「迷走」に駆り立てていたものは、一体何であったのか?
 私はそれは、「対米コンプレックスの克服」という鳩山総理の心の奥深いところにある情念ではなかったかと思う。
 祖父の鳩山一郎首相は終戦後、総理就任直前でレッドパージにあい、長期にわたり公職からの追放を受けた。この間、親米政権である吉田内閣が国政の主導権を握り続けたことが、鳩山一郎氏のレッドパージからの復帰が遅れる要因の一つになったという見方もある。昭和29年にようやく政権についた鳩山一郎総理が、日ソ国交回復に取り組んだことも、こうした背景を考えれば、当然の流れであったと思われる。
 鳩山由紀夫総理がこのような祖父の政治経歴の影響を受けていないはずがない。鳩山総理の心の中には、アメリカに対する複雑な思いが横たわっていると、そう考えることは不自然なことではない。

2.しかし、より大きな問題は、我々すべての国民の心の中にある「対米コンプレックス」である。日本全土にアメリカの基地があり、つまりは独立が回復されたあとでも、軍事的には日本がアメリカに完全に従属している状況の下で、かつまたそのようにして軍事的にアメリカに従属しなければ、中国や北朝鮮に対する国防に万全を期すことができない状況も認識せざるを得ない、というジレンマの中で、まさに日本人の心にはアメリカに対するコンプレックス(劣等感)が大きく横たわっている。
 戦後、実質的にはアメリカから独立できずにきたが、何とかアメリカから独立したいという国民の奥深い願望を、鳩山総理は「対等な日米関係」という言葉で表現し、普天間移設問題の解決策としては「県外または国外」というスタンスで表現した。
 こうした基本的な外交スタンスと普天間問題についての具体的スタンスについては、多くの国民が支持したのも上記のような心情が国民の心の中にあるからである。

3.しかしまた、日本人の心の中にはもう1つの判断が働いている。
 軍事的な対米従属の鎖を切り捨てて、自主防衛(あるいはそのステップとしての常時駐留なき安保、あるいは第7艦隊駐留だけの安保)という路線で、果たして日本の安全を確固として守り通すことができるのか?という現実論に基づく疑念である。アメリカからの独立を求める先に述べた情念と、それだけでは国際社会の中で生き延びていけないかもしれないという疑念の中で、日本人は揺れ動きながら戦後60年余をなんとか繕いつつ生きてきた。

4.鳩山総理の普天間問題をめぐる迷走は、どんなに言い繕おうとしてもその責任を免れ得るものではないし、総理辞任に値する重大な失政である。
 しかし、ここで我々はこの総理の姿を見てもう一度立ち止まり、今度は我々自身の姿を眺めてみる必要があるのではないか。
 鳩山総理と同じ対米コンプレックスを、程度の差こそあれ、誰もが持っている。どこまでアメリカからの軍事的独立を模索し、どこまでアメリカを頼るのか、改めて我々自身の意思を深く掘り下げ確かめることが、ポスト鳩山政権の最も大きな課題であり、鳩山総理が日本国、そして我々に残した課題である。
 突き詰めてみれば、総理の「迷走」は、我が国、ひいては我が国国民全体の心の内面を映し出したものであると捉えることもできるのである。