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「世界の老い」がもたらす経済成長の鈍化と政府信用の揺らぎ

text by

小泉龍司

2010.07.28

1.一国の人口の構成の変化(高齢化)が、マクロ経済ひいてはその国の政府の信用力に大きな影響を及ぼすということが、次第に注目されはじめた。
 すなわち、高齢化が進めば経済の成長力は弱まり、その結果税収も減少する。
 他方で、医療・介護の費用や年金給付額は増大して財政を圧迫し、政府の信用力に長期的な影響を与えることになる。
 米国の格付け会社、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、2007年にこうした観点から分析を行い、「Global Graying Progress Report」(世界的な老いの進展に関するレポート)を発表した。
 それによれば、各国が歳出・歳入構造いずれも一切変更することなく、今後推移すると仮定した場合には、2020年ないし2030年には、次のような国々の国債の格付けが、「投資適格」からすべり落ちて「投機的」になる。

2020年:日本・チェコ
2030年:ギリシャ・ハンガリー・韓国・ルクセンブルグ・オランダ・ノルウェー・ニュージーランド・ポーランド・ポルトガル・そしてアメリカ他


 そして、2040年にはイギリスやフランスも含め、ほとんどの先進国の格付けが「投機的」になるとされている。
 現在、民間(企業及び家計)の資金需要が弱いため、日本、アメリカ、ユーロ圏いずれにおいてもマネーが国債に滞留しているが、今後、ほぼすべての先進国で高齢化の進展が政府の信用を揺るがせることになる。
 2007年のS&Pの調査では、その先頭を切るのはギリシャではなく日本であると予測されていたことを忘れてはならない。


2.他方、政府信用の揺らぎの問題と重なり合う形で、各国の人口動態が経済成長に及ぼす影響についても、関心が高まっている。
 それは、人口増加率や生産年齢人口(15歳以上65歳未満)増加率が大きい国は、経済成長率も大きくなる、ということがはっきりわかってきたからである。
 人口が増加すれば、需要は大きくなり、特に労働力として働く世代が増加すれば、個人所得も増加し、個人消費が増大する。
 他方、供給面から見れば、生産年齢人口の増加は労働力の増加につながり、経済の供給力を押し上げることとなる。
 「生産年齢人口」の世代は、生産しかつ消費する世代であり、需要と供給いずれの面からも、経済成長の原動力となる。


3.少し長いスパンをとってみると、各国の人口動態に共通する一定のパターンがあることがわかる。
 それが、「人口ボーナス」と呼ばれる時期と、「人口オーナス」(ONUS:負荷、あるいは重荷の意味)と呼ばれる時期である。
 多産多死の状況から次第に乳幼児の死亡率が低下するようになり、まず子ども世代の人口が増加する。続いて、この世代が生産年齢人口に達すると、所得水準が上昇しはじめ、他方で出生率は低下していく。その結果、生産年齢人口の割合が大きくなり、また、若年人口の割合は小さくなる。
 この時期は(高齢者の割合も若年者の割合も小さいため)国民にとって扶養の負担が少なく、経済活動に極めて有利な人口構造となるため、「人口ボーナス」の時期と呼ばれる。
 この時期を経過し、生産年齢人口を押し上げてきた世代が老年期に移行すると、老年人口割合が増大し、今度は老年人口を扶養する負担が増加する。これは経済にとって重石となり、「人口オーナス」(負荷)の時期と呼ばれる。


4.第一生命経済研レポート(2010年2月号)の「人口動態から見た各国の経済成長力」では詳細な分析が行われており、以下、その内容を要約して紹介する。

(イ) 各国における人口ボーナスの時期を「生産年齢人口/従属人口(15歳未満人口+65歳以上人口)」の比率推移で見ると、日本ではこの指数は1990年代にピークを迎え、現在は急速に低下している。

(ロ) 中国は高度成長を続けているが、これまで政策的に出生率を抑制してきたため、2010年代後半以降には、生産年齢人口が減少しはじめると予想されている。したがって人口ボーナスの指数も2010年代にはピークを過ぎ、その後急速に低下する。人口動態の面では、今後中国の経済成長にブレーキがかかりはじめると見てよい。

(ハ) 韓国では出生率が急速に低下してきたため、人口ボーナスの指数は2010年代後半にピークを迎えたあと、日中を上回る早さで減少していくと見られる。

(ニ) タイでは現在、人口ボーナス指数がピークを迎え、ベトナム・インドネシアでも間もなくピークを迎える。

(ホ) 欧州諸国では、人口ボーナスはすでにピークを過ぎている。間もなく生産年齢人口が減少に転じ、2010年代後半には人口が減少しはじめる。

(ヘ) 米国では、ベビーブーマー世代が老年期に入り、人口ボーナスもピークを過ぎるが、移民が多いため人口ボーナス指数の低下は比較的緩やかなものになる。

(ト) インドでは、2030年から40年代にかけて人口ボーナス指数は引き続き上昇していく。


5.各国の長期的な成長率に影響を及ぼす要因として、生産年齢人口増加率、従属人口の全人口に対する構成比(従属人口比率)に加え、都市人口比率(人口の集積により、経済のサービス化が進む)の3つの変数をとらえ、実質GDP成長率との関係を推計した研究結果によれば、各国の中長期的な経済成長については、次のような見通しが導かれる。

(イ) 少子高齢化で世界の先頭に立つ日本は、(生産年齢人口は1995年にピークアウトし、総人口も2005年にピークアウトしたため)2010年代前半からマイナス成長に入るという結果になる。

(ロ) アジアでは、今後、中国、韓国の成長率の減速ペースが早く、韓国は2030年代にはマイナス成長となる。

(ハ) 高成長の持続が期待されるのがインドであり、2040年代に人口ボーナス期のピークを迎えると予想され、それまで順調な経済成長が続いていく。

(ニ) 欧州の大国では2010年代から2%を下回る成長となり、ドイツが2020年代に、イタリア・スペインが2030年代にはマイナス成長になる。


6.以上を総括すると、日本に続いて2030年代には中国、韓国、欧州も人口減少社会を迎え、インドネシア、ベトナム、ブラジル、メキシコなどでも、生産年齢人口が減少しはじめる。
 すなわち中長期的には、世界的な規模で少子高齢化が進展し、経済成長に大きな重石となってくることが予想される。
 ただし、その中で人口減少社会の先頭に立つのは日本である。世界のどこにも先例がない道を進まねばならないという危機感をこそ、まず我々は共有しなければならない。


(参考文献)
〇第一生命経済研レポート
「人口動態から見た各国の経済成長力~人口要因によるマイナス成長に、いち早く直面する日欧~」2010年2月号
〇Standard & Poor’s「Global Graying Progress Report」2007年