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民主党代表選挙に思う(その1)―否定する政治から構築する政治へ―

text by

小泉龍司

2010.09.08

1.政治には常に「新しさ」が求められる。
 今回の民主党代表選挙においても、菅、小沢両陣営とも互いに相手陣営を「おカネと数の原理」(菅→小沢)、「自民党と同じ官僚主導」(小沢→菅)であり、「古い政治」であると批判している。
 「古い政治」を批判し否定することは、あらゆる選挙においてお決まりのパターンである。
 選挙の種類を問わず、新人候補のポスターには「〇〇に新風を」「〇〇に新しい政治を」「古い体制の打破」「新しい〇〇市を創る」といったことがよく並ぶ。
 そういうフレーズ自体は何十年も前から使われてきていて、ちっとも新しくないのだが、新人候補にとっては「新しさ」を訴えることが選挙戦における一つの武器になっていることは事実だ。
 ツイッターなどの新しいコミュニケーション手段にも、政治家は比較的早く飛びつく。常に新しいツールを使いこなすことにより、新しい状況に適応する能力があることをアピールすることができるからだ。
 かくして政治家や政党は、常に新しい「フレーズ探し」にも熱心に取り組む。かなり内容があいまいでも、あるいは過去の政策の焼き直しでも、とりあえず新しい気の利いたフレーズを見つけて発信することが、最近の政治の重要な作業になってきた。
 しかし、そうして次から次へ新しいものを探していくうちに、有権者の側も政治の側も、今自分たちがどこにいるのかが分からなくなってきたのではないだろうか。
 先のページ『重なり合う「65年目の夏」』で書いたように、我々は今、分岐点の前にいるということは、多くの方が感じていらっしゃると思うが、では、何と何の分岐点なのかということについては、これだけ政党間の対立が激しいにもかかわらずはっきりしていない。
 なぜ現在地点がどこなのか、わからなくなってしまったのか?
 それは「新しさ」を求めるあまり、「それより前にあったもの」を否定することに熱心になり過ぎて、そもそも「それより前にあったもの」とは何であったのかを客観的に検証していないからである。
 民主党が政権交代に当たり否定した「官僚依存の政治」「自民党のしがらみ政治」とは何だったのか。
 小泉元総理が「古い自民党をぶっ壊す」と言ったときの古い自民党とは何だったのか。
 ほとんどの政治家も有権者も、そのことにはあまり関心を示さない。
 そうして次から次へと「古いものから新しいものへ」を繰り返していくうちに、現在地点がどこなのかわからなくなってしまったのではないだろうか。


2.この10年間、政治家あるいは有権者が、「官主導の政治」「護送船団方式」、「自民党の古いしがらみ政治」と呼び否定してきたものの実体は、実は高度成長期以降形づくられてきた、「日本型の生活・雇用保障システム」であったのだ。
 1950年(昭和25年)頃から1980年代に至るまで、経済成長は続き、その中で、世帯主の雇用と(家族を扶養することができる)生活給を保障するシステムが構築されてきた。法律や行政指導や予算措置によって、業種や業界毎(タテ割り)に、企業の存続や世帯主の終身雇用、そしてその中で家族を養える生活給与を保障するシステム。それが日本型の生活・雇用保障システムであった。
 世帯主は主たる働き手になって家族を養い、家族(主婦)が高齢者のケアや子育てを一手に引き受ける形で、社会保障機能を担っていた。
 護送されていた船団の積荷は、船(業界)毎の生活・雇用保障と、家族が担う社会保障であったのだ。
 こうした仕組みの下で、日本の公的な社会保障制度はもっぱら人生の後半(年金)をケアするものとして構築されていった。(注1)(注2)
 しかし90年代に入り、バブルが崩壊した後、日本経済を回復させるための本質的な対策(注3)が打たれることなく、経済パフォーマンスが次第に低下する中で、企業は世帯主の雇用を守る力を失い、また「家族」も次第にばらけて単身世帯(特に高齢者の)も増加し、高齢者ケアなどの力が失われていった。


3.90年代には、まだ政治にも、こうした80年代までの日本型生活保障システム(その中で家族が担う社会保障システム)を何とか維持できる、何とか維持したいとの考え方があり、このシステムを守るために、公共事業を中心とする財政出動が繰り返された。
 他方で橋本内閣の時には、これまでの生活保障システムを放棄する方向に重心が移り、省庁再編に伴う行政改革や規制緩和(金融ビッグバンなど)が指向された。
 そして2000年代に入り、小泉政権は、このかつての生活保障システムを完全に壊すことを、「構造改革」と名づけて政策の中心に置く。
 その結果、国民の生活や雇用を守る従来の仕組みは、完全に崩壊することとなった。しかしながらその後、これに代わり国民を守る新しいシステムはなんら組み立てられていない。
 古い仕組みを壊した以上、新しい仕組みを作らねばならないのは当然である。しかしながら、政治のエネルギーはその方向には向かっていない。その理由は2つある。
 一つは、はじめに述べたように、「古い仕組み」とは何であったのかを政治が十分に把握してこなかったからである。
 そしてもう一つの重要な理由は、古いシステムがうまく機能しなくなり、国民皆が苦しくなっていくにつれて、その「犯人探し」が始まったからである。
 政治も有権者も、結局、新しい生活・雇用保障のシステムを作ることよりも、その「犯人探し」により熱心にエネルギーを注ぐようになってしまったからである。そして、その「犯人探し」は今も続いている。
 以下、このことについて次稿に述べることとする。


(注1)こうした家族を基礎とする社会保障制度を側面から補強するものとして、企業の扶養手当て、税法上の扶養控除、配偶者控除、年金の第三号被保険者制度(専業主婦の妻は保険料を全く負担せずに老齢基礎年金が支給される仕組み)などが導入された。

(注2)こうした「戦後日本が実現してきた雇用を軸とした生活保障」については、宮本太郎著「生活保障」(岩波新書)に詳しく述べられている。
 極めて示唆に富む著作であり、是非一読をおすすめしたい。

(注3)90年代以降の日本経済のパフォーマンス低下は、基本的に次の3つの要因によってもたらされたと考えられる。

(1)経済的な需要の飽和(物質的に満たされることに対する国民の欲求の低下)
(2)人口動態の変化(少子化→高齢化→人口の減少)
(3)対ドル、人民元に対する円の高止まり

 などの(循環的ではない)構造的な要因である。これらに気づかなかったために、政治は財政金融政策という従来の循環型の対策しか講ずることができず、その結果、2000年に入る頃から出口の見えないデフレに陥ってしまった。