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日本の社会をどう変えればいいのか(6)―「経済」ではなく「社会」を立て直す戦略に切り換える決断を―

text by

小泉龍司

2010.10.12

1.日本の経済社会が停滞と混乱の中にあることに異論はないであろう。
 バブル崩壊後の経済の低迷は、「失われた10年」(1990年代)と呼ばれたが、最近では2010年までの期間を含め、「失われた20年」という言葉もしばしば用いられるようになってきた。
 低迷し混乱しているのは経済だけではない。
 人々の生活は不安定化し、将来への不安は増大し、さらには社会的不平等が広がり、貧困が大きな社会問題となってきた。


2.経済の立て直しは必須の課題である。しかし、それと同時に、いや、それ以上に重要なことは、日本の社会の立て直しを諮ることではないだろうか。
 この20年、政治はどの政権も例外なく、経済の立て直しに取り組んできた。
 しかし、あえてそれに対比する言い方をするならば、どの政権も日本の社会のトータルな立て直しには取り組んでこなかった。(例えば小泉構造改革路線では、むしろ逆に社会保障費の自然増を、毎年2200億円ずつ削減する措置がとられてきた。)
 90年代以前の日本の経済社会の仕組み及びそこにおける生活保障は、これまで述べてきたように、経済成長⇒企業を守る⇒雇用を守る⇒家族を守り家族が生活保障を担うという形で、結局は経済成長に強く依存する形で成り立っていた。
 経済が成長すれば、その恩恵が各人に行き渡るように仕組まれ、又、その仕組みがそれなりに機能していた。
 しかしこの20年、日本の経済社会は大きく変質し、経済成長はストップするとともに、経済が成長したとしても、その成果の恩恵が広く国民に行き渡るチャンネルが閉ざされるという状況に陥った。

(イ) 経済成長の停滞
(ロ) 大きい収入を得られる管理的な仕事と、低収入に甘んじなければならない単価労働に、雇用の場が2極化
(ハ) グローバル経済圏企業とドメスティック経済圏企業の2極化
(ニ) 家族の解体


などがその要因であり、その背景には

(イ) 経済のグローバル化
(ロ) 海外からの低コストの労働力の流入
(ハ) 情報通信技術の発達
(ニ) 人口の高齢化と人口減少社会の到来


などの経済社会環境の変化がある。


3.この20年の間、こうした(経済成長が国民の生活保障に波及するメカニズムが機能しなくなるという)大きな状況変化があったにもかかわらず、政治はひたすら目先の「経済状況」のみに目を奪われて、政府の財政出動か規制緩和による競争促進か、その手段には違いがあるものの、経済状況を好転させることのみに、その政策努力を注入してきた。
 結果が出せないまま、国民の生活保障の水準が急速に低下したのも当然の帰結であったと考えられる。
 この間、繰り返されてきた財政出動により、国の財政はこの10年間だけでもネットの赤字が300兆円も増加し、財政破綻までの残された時間は急速に短くなっている。


4.以上から明らかなとおり、これからの日本の経済社会のあり方を考える時、今こそ我々は経済システムではなく社会システムに着目していかなければならない。
 「経済」も大事である。
 しかし、20年にわたり繰り返されてきた「経済」政策を、またもや成算なく繰り返すのではなく、戦略を大きく変え、「社会」を立て直すことをより重視する手法に切り換える決断を、今こそ下すべきである。
 「社会」を立て直す手法とは、国民一人一人の存立を支える仕組みを、モラルハザードが起きないような形で、整えることである。
 個々人一人一人を人生の様々なリスクから救い上げる仕組みを作ることである。
 こうした人間的なサポートシステムとしての社会システムがしっかり整えられていれば、経済・産業政策については、より競争的なアプローチをとることも可能になる。
 その一つの類型を、我々は北欧モデルと言われるスウェーデンやデンマークの経済社会の姿の中に見出すことができる。

(以下、次稿へ)