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日本の社会をどう変えればいいのか(9)―機会の平等が求められる第1ステージ(幼年期)―

text by

小泉龍司

2010.11.10

1.「努力が報われる社会」(排除されない社会)をつくる。
 そのために「機会の平等」を実現する。
 新しい社会をつくるための理念は、このことに尽きると思う。
 「理念」は、例えば安倍内閣の「美しい国、日本」のように、抽象的な概念であってはならない。国民がそのことに合意するためには、でき得る限り具体的な意味を帯びていなければならない。


2.さて、では「機会の平等」はいかにして確保すれば良いのか?
 人生にはいくつかのステージがある。
 そして、人はそのステージ毎に、何らかの選択をし、もしくは選択を余儀なくされ、あるいは何らかのものを手に入れ、もしくは手に入れられずに(場合によっては失い)、次のステージへ進んでいく。
 こうした人生の各ステージでの選択は、すべて本人の自由な意思に基づいて行われるわけではない。経済的制約や家庭事情の制約を受け、あるいはその時々の経済状況など(例えば就職氷河期)の制約を受けることになる。
 そうした選択と行動に当たっての制約を受けるか否かは、結局、「たまたま」そうであったという形で「偶然性」に帰着する。
 「たまたま」裕福な家庭に生まれたかどうか。
 「たまたま」過疎の村に生まれたかどうか。
 「たまたま」なにがしかの才能に恵まれて生まれてきたかどうか。
 「たまたま」不況の時期に就職活動をすることになったかどうか。
 「たまたま」配偶者を早くに亡くしたかどうか。
 「たまたま」勤めていた会社が倒産したかどうか。
 こうして考えていくと、人生の大きな出来事、特にトラブルは(もちろん、本人の責に帰すべき場合も少なくないが、しかしそれでもなお)「たまたま」の「偶然」による場合も少なくない。
 そして、この「偶然性」が、人生における「機会の平等」を阻害する。
 この偶然性の影響をすべて除去することは難しい。しかし、人生の各段階で、可能な限り「機会の平等」を奪う「偶然性」を除去する仕組みを作っていくことが「努力が報われる社会」を作ることの基礎となる。


3.幼少期における「機会の平等」

(1)「子どもの貧困率」という問題認識をもつ必要性
 人生の最初の「偶然性」は、生まれてくる子どもは親を選べない、ということである。
 どのような家庭環境に生まれてくるか、親の経済力はどれくらいあるか、どのような育てられ方をするのかは、子どもの将来の人生を大きく左右する可能性があるにもかかわらず、子どもはその人生のスタートラインを選択する自由は全くもっていない。
 従って、このスタートラインの違いをできるだけ小さくし、その後の人生に引きずらせないようにすることが、まず人生のスタート地点における「機会の平等」を確保するためには必要である。
 こうした観点から、「子どもの貧困率」=「子どものいる世帯の貧困率」に着目するべきである、との考え方が生まれてきている。
 親の貧困が子どもの将来に向けた様々な機会を閉ざしてしまうリスクが大きいからである。
 「不平等」は、子どもが平等な機会を保証されていないことから始まっていく。
 こうした考え方から、世帯の可処分所得を世帯の人数で割った、家族構成員1人当たりの可処分所得を計算し、その計数に基づいて、社会全体の貧困率を計算する方法がとられる。これが「子どもの貧困率」である。
 因みに2007年では、通常の貧困率と子どもの貧困率の間には、大きな差違は認められていない。

(2)母子家庭の高い貧困率
 その中で際立っているのが、日本の母子家庭の貧困率の高さである。
 日本の母子家庭が全世帯の中に占める割合は、主要先進国の中で最も低い水準にとどまっている。
 しかし、日本の母子世帯の貧困率は諸外国に比べて際立って高く、2人親世帯との差も大きい。母子家庭の母親の85%は働いているにもかかわらず、貧困率が非常に高いという点については、十分留意する必要がある。
 多くの母子家庭は、働いても貧困から抜け出せない「ワーキングプア」の状態にある。また、最近増えている父子家庭も、経済的困難をかかえている世帯が少なくない。
 こうした1人親世帯の困窮は、当然子どもの就学に影響を及ぼすことになる。
 2007年時点の高校進学率は、全体としては97.7%であるが、1人親世帯の子どもたちのそれは、8割台にとどまっている。特に、父子世帯の子どもの就学率は、母子家庭よりも低く、男子85%、女子83%である。
 子どもが母親に代わって家事をこなさなければならないために、就学の機会が奪われていると考えられる。

(3)子どものいる若い世帯の困窮
 もう一つ、最近の傾向として、小さい子どもがいる世帯の貧困率が大きく上昇してきている、という点が指摘されている。
 若くして結婚し、幼い子どもを抱える家庭の貧困が広がってきている。
 貧困層にある若年既婚者の就学状況を見ると、男性の4分の3がフルタイム就労する一方、女性の8割以上は無職である。妻は幼い子どもを抱え、就労することが難しく、他方、夫はフルタイムで働くが、見返りが小さい仕事にしか就くことができず、結果として「ワーキングプア」の状態におかれることになる。
 そうした家庭の子どもたちも、大きな貧困リスクにさらされ、人生の機会を奪われることになるし、こうした若い夫婦も、経済的困窮から2人目の子どもを生み育てる機会を奪われることになる。


4.「ゆりかご」が人の一生を決めてしまうことがないように、「子ども」という人生の最初のステージに着目して、母子(父子)家庭、子どもを持つ若年既婚者の世帯を含め、就学支援、所得保障、公教育の充実といった対策を、決め細かく行っていく必要がある。
 それに失敗すれば、社会の「階層化」(親の世代が置かれた経済的・社会的状況が、子どもの世代に引き継がれていくこと)を止めることはできない。
 そのためのトータルな対策については、人生の他のステージへの対策も視野に入れ、改めて述べることとしたい。