文字サイズ: 小 中 大

流出した尖閣衝突ビデオは、本来国民に公表すべきもの

text by

小泉龍司

2010.11.11

1.海上保安庁の職員がユーチューブを通じて流した、尖閣諸島・漁船衝突ビデオは、本来、政府が国民に対して、事件後直ちに公表すべきものであった、という点について、異論のある方は少ないであろう。
 外交に限らず、国政上のあらゆる問題について、民主国家では、最終的に判断を行う者は国民である。だからこそ、その国民の適正なる判断を担保する手段として「国民の知る権利」が守られねばならない。
 ましてや、今回の衝突事件では、中国側は日本の巡視船の方から衝突してきた、との発言を繰り返し強く行ってきた。
 驚くべきことであるが、今回のユーチューブの映像を見て、はじめて中国側の発言が真実ではないことを知った、という人を、私は複数知っている。つまり彼らは、ビデオを見る前は、声高に言う中国側の主張に流され、それを信じていたのだ。
 日本人ですらそうなのだから、中国国民は当然、自らに非があるなどとは思わない。
 日中以外の諸外国の国民も、この映像を見てはじめて、日中いずれの主張に説得力があるか、判断がついたであろう。
 「客観的事実」ほど重みのあるものはない。
 「客観的事実」ほど説得力をもつものはない。
 流出の手段、方法の違法性についての判断は別にあるとして、結果として情報が公になったことにより我が国が得たものは、失ったものよりはるかに大きい。


2.1983年の大韓航空機撃墜事件の際、傍受能力の露見を嫌って反対した防衛当局の抵抗を抑えて、自衛隊が傍受したソ連戦闘機の交信記録を公表し、ソ連に撃墜を認めさせた、中曽根総理と後藤田官房長官の政治判断こそ、良き先例であった。
 にもかかわらず、その決断ができなかったことが、今回の流出事件の伏線となった。


3.伏線という意味では、そもそも尖閣諸島の領有について、中国の戦略の土俵に乗せられてきたという経緯がある。
 鄧小平氏はかつて、尖閣諸島の領有については、我々の子孫の時代に解決する知恵が生まれてくる、との趣旨を述べ、この問題を「棚上げ」にした。
 そして、日本もその路線に乗っかってしまってきた。
 ところが、1992年2月25日、中国は突然「領海法」を定め、次のように規定した。

1 尖閣諸島、台湾、澎湖島、南沙諸島、西沙諸島、東沙諸島、黄海の大陸棚も東シナ海の大陸棚等も、すべて中国の領土である。
2 中国の領海および接続水域に許可なく入ってくる外国艦船を排除し追跡する権限を、中国海軍の艦艇及び航空機に与える。


 中国が勝手に決めた領海に入れば、軍事力を行使して排除する、という全く一方的な法律が、しかし現実に制定されてしまったのだ。
 これに対して日本政府は、翌日、「極めて遺憾であり、是正を要求する」と抗議したが、この抗議は口頭で行われただけであった。当時の政府は「日中関係を荒立てないため」と説明したと言われている。
 今回政府がビデオの公表を渋ってきたのも、全く同様に「日中関係を荒立てないため」である。
 そうやって日本だけが尖閣問題を相変わらず「棚上げ」し、一方で中国は、着々と既成事実を積み重ねてきている。


4.アメリカ政府は、「尖閣諸島の帰属について、米国は特定の立場を取らないが、尖閣諸島は日本の管轄下にあり、日米安保の対象と信じる。」(9月23日 クローリー国務次官補)との立場を取っている。
 正確に言えばアメリカは、日本の尖閣領有を認めているわけではないのだ。あくまで日本が尖閣諸島を管轄下に置いていると判断される状況だから、日米安保の対象になる、と言っているに過ぎない。
 では、日本はいつまで尖閣諸島を管轄下に置くことができるのだろうか。
 現時点で、陸上での占有は誰も(いずれの国も)行っていない。
 従って、海上保安庁や海上自衛隊のプレゼンスにより、かろうじて日本の管轄下にあることを国際的に示し、そのことによって日米安保条約の対象となることを、アメリカに納得してもらっている、という状況にある。
 しかし、中国は着々とこの海域での実効支配力を高めつつある。
 空母機動部隊の建造と投入である。
 2014年には、4万トンの通常動力の空母、2017年には6万トン規模の原子力空母、さらには2021年には、4万トンの通常動力空母の建造が行われる予定である。今年度、この空母建造の予算だけでも5兆円を超えたはずである。
 今後、約10年間で、3群の空母機動部隊が中国の近海に浮かぶ。
 そうなった時、日本は尖閣諸島の実効支配を維持できるのか?
 先へ行けば行く程、日本の主権と尖閣諸島の領有を守ろうとすれば「事が荒立つ」であろう。ならば今、国民に対して、国際社会に対して、明確に日本の正当性を主張すべきである。
 その根拠の一つは、間違いなくビデオである。
 それを政府自ら公表せずして、国益を守ることはできない。
 私に意見を寄せてきて下さる方々を含め、多くの国民の皆様の判断であろう。