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日本の社会をどう変えればいいのか(11)―女性に「働く機会」は平等に与えられているか―

text by

小泉龍司

2011.01.20

1.以前の稿で述べたとおり、戦後の日本の社会保障の仕組みを支えたのは、企業の終身雇用と家庭における男女の役割分業体制である。
 男性は「企業戦士」として企業という生産の場に入り、女性は「専業主婦」として家庭という生活の場に入り、専従でその役割を果たす分業体制はある意味効率的であり、1960年代以降の高度成長を支えたと言われている。
 この言わば「世帯主=夫一人稼得モデル」は、年金制度(サラリーマンの妻の保険料が免除される第3号被保険者)や所得税制(配偶者控除)によっても補強されてきた。
 そして国民の中にも一種の「規範意識」が生まれ、それらは今日まで基本的に変わっていない。


2.しかし、この「世帯主稼得モデル」は、大きく見れば次のような問題を生み出してきた。

(1) 男性に対しては、「働く選択」が与えられる一方、「働かない(一家の稼ぎ手として家庭を支えないという)選択」は与えられない。
(2) 女性に対しては、「働かない選択」は与えられるが、「働く選択」は十分に与えられない。
(3) 男性に対しても女性に対しても、「仕事も家庭も大切にして生きるというライフスタイルの選択肢」は与えられない。


3.男性の側の規範意識
 種々の世論調査において、男性は女性よりも多く、結婚しない理由として「経済的に準備できていない」ことを挙げる。
 男性は結婚する以上、家族を養える経済力を持つ必要がある、との(男女役割分業の)規範意識に縛られているためである。
 また結婚してからも、長時間労働という日本的慣行の中で、仕事をしながらも家庭を大切にするという選択を行うことが事実上できず、加えて家庭は女性が守るものという規範意識にも縛られている。
 ワークライフバランスの議論がなかなか広がりを持たないのは、こうした男性を縛りつけている規範意識が背景にあるからではないかと考えられる。


4.制約される女性の雇用

(1) しかし、より大きく「機会の平等」を得ることが妨げられているのは、女性である。
 「夫一人稼ぎ手モデル」の下で、女性にはあくまで補助的就労者としての位置づけが与えられてきた。
 非正規雇用のおおよそ3分の2をパート労働者が占めており、パート労働者の多くが女性である。非正規雇用の問題として大きくクローズアップされた派遣労働者は、非正規雇用全体の6%を占めているに過ぎない。派遣労働者は本来、主たる稼ぎ手である男性の比率が相対的に高い、ということで大きな社会問題となってきたが、雇用者の数から考えれば、非正規雇用の問題は圧倒的に女性の雇用者の問題なのである。

(2) 正規雇用される女性にも、「機会の平等」が確保されているとは言い難い状況がある。

賃金の男女間格差はどの国にも見られるが、日本は他の先進国に比し、男女間の賃金格差は突出して大きい。

その背景にあるのは、男女間の昇進機会の差である。
例えば女性には「総合職」と「一般職」の区分が設けられており、就業の最初の段階で、そもそも昇進機会が狭められている。

結果として、女性の管理職の割合は、国際的に見て極めて低い水準にとどまっており、このことが男女間の賃金格差の大きな要因になっている。

1986年に施行された「男女雇用機会均等法」の基本的な考え方は、女性の雇用機会を男性並みに引き上げるということであったが、現実には男女間の格差は温存されたままである。

(3) こうした状況は次のような要因、状況が折り重なって生じている。

日本の社会全体に、高度成長期に一般的となった男女の分業体制(世帯主の一人稼得+専業主婦)の規範意識が、その後の経済社会情勢の大きな変化にもかかわらず残っていること。

従って、働こうとする女性をサポートする仕組みが社会的に十分に整備されていないこと。

その結果、女性は出産を機に仕事を辞めざるを得なくなり、キャリア継続ができなくなること。女性は出産後、子どもがある程度大きくなると、労働市場に戻っていく(「M字型就労」と呼ばれる)が、そこには多くの場合、非正規雇用の場しかない。

従って、仕事のキャリアの継続を望む高学歴の女性は、結婚あるいは子どもを産むことをあきらめることになる。

(4) これらが意味しているのは、

女性が(男性と同様に)働き続け、昇進していくチャンスをもつことができない。
女性が(男性と同様に)働き続け、かつ家庭を持ち子どもを持つことができない。

という状況、すなわち女性の就労及び家族形成の「機会の平等」が十分に確保されていないという現実である。

(5) このような女性が置かれた状況により、家族形成が妨げられれば、その結果として出生率も低下する。
 上記(3)①で述べた男女分業の規範意識は、
 女性をサポートする仕組みの未整備⇒働く女性が結婚、出産を諦める、という回路を生み出し、出生率に大きな影響を与えている可能性がある。
 現在、日本以上に少子化が進んでいる韓国、イタリア、スペインなどの国は、いずれも伝統的な家族観が強く残っていると言われる国々である。これらの国々でも、日本と同様「家族」が生活保障の役割を担ってきており、男女の「役割規範」意識が強い。

(6) また、女性の労働力率(社会進出の割合)が高い国ほど、出生率が高いという、しばしば指摘される(意外な)現象は、そうした国ほど働く女性をサポートする仕組みが整えられており、その結果、上記(3)④のように働くことを望む女性が結婚や出産を諦めずに済むためであると考えられる。
 実際スウェーデンでは、70年代以降、女性の労働参加率が上昇した当初は保育所が不足し、出生率が低下した時期がある。しかしその後、保育所増設と育児休業中の所得保障が整備された結果、80年代以降は出生率が上昇に転じている。


5.男女ともに「機会の平等」を確保する道

(1) 今見てきたように、高度成長期に形成されてきた「世帯主が働き、専業主婦が家庭を守る」というモデルは、効率的な分業体制として日本の経済成長を支え、その結果各世帯も豊かになったという現実の「成功体験」があるため、日本の社会では一つの「規範力」(「そうありたい」「そうあらねばならない」)を獲得してきたと考えられる。
 しかし振り返ってみると、日本の女性は遠く江戸時代、明治時代から戦前・戦後の期間を通して「家族労働者」として、夫と共に常に働いてきた。
 従って歴史的に見れば、妻が仕事をしないという「世帯主一人稼得モデル」は、あくまで高度成長期に特有の例外的な家族労働形態なのである。
 このことは、女性の労働力率の推移からも明らかである。高度成長期前、昭和30年頃の女性の労働力率は60%近くあり、50%を下回る最近の値よりも高い水準にあった。昔はより多くの女性が働いていたのだ。

(2) 今や世帯主一人の所得では世帯を支えられない状況が広がってきていることは、以前の稿で述べてきたとおりである。
 現実に共働き世帯では、夫の賃金が低下してきたため、夫婦の収入の割合が近づき、妻の就労が必ずしも家計補助的なものではなくなってきている。
 特に所得階層別に見ると、妻の収入が夫の収入と同じくらいの共働き世帯の割合は、低所得層(特に10分位の中の第1分位と第2分位)になるほど大きいことが統計的に示されている。

(3) こうした現状を踏まえれば、

男女それぞれの「働き方」の機会平等を実現するため、そして、
経済環境の大きな変化に伴い、世帯主の所得だけで家計を支えることが難しい状況が広がってきていることに社会全体で対応していくために、
加えて、上記②の変化、影響を最も強く受けている若い世代を中心とする低所得者層に対する「広い意味での再分配政策」として、
さらにもう一つ、(遠からず稿を改めて述べるが)日本の「生産年齢人口」の急速な低下を補い、生産と消費の主体として、女性を生産・消費市場の担い手とすることの重要性を踏まえて、

「世帯主一人稼得モデル」の呪縛から脱却して、男性も女性も働く機会が平等に与えられ、かつそれを担保するために、社会全体として必要なサポートを行うという、より柔軟なモデルに転換すべき時期に来ている。
 「世帯主一人稼得モデル」を否定する必要はまったくないが、それが広く国民の「生活保障」の担保にはならず、逆に男女の選択肢を狭めて機会の平等を阻害し、出生率を低下させるならば、新たに我々は明確な意図をもって「夫婦共働きモデル」を導入し、確立しなければならないと考える。
 このことが、日本経済の活性化にも大きく資することになるという点についても、いずれ稿を改めて述べさせて頂く。