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日本の社会をどう変えればいいのか(13)―所得再分配がより強く求められるもう一つの理由―

text by

小泉龍司

2011.03.01

1.先の稿で所得再分配が必要になる理由として、個々人に与えられた環境や条件の差違(これもスタート地点における広い意味での偶然性である)を完全に除去して、完璧な「機会の平等」を国民に付与することは難しいという点と、努力が結果に結びつく過程において「偶然性」が働くという点をあげた。
 所得再分配の必要性について、もう一点補足しておかねばならない重要な問題がある。
 それは、近年の経済・雇用構造の問題である。

2.かつて我が国では持続的な経済成長の下、「フルタイム・終身・正規雇用」の場、すなわち「努力する機会」が国民に広く提供されていた。
 経済成長を目指し、完全雇用を目指すことは、「努力が報われる社会」の大前提である、働く機会=努力する機会が提供されることを意味していた。
 しかし、東西冷戦終了後、中国を含む旧東側諸国の安い労働コストに押されて、日本でも労働規制の緩和が行われ、非正規雇用が拡大する中、「フルタイム・終身・正規雇用」の場は次第に狭められてきた。
 加えて1996年には、現役世代人口の減少が、また2006年には総人口の減少が始まり、消費マーケットの縮小が顕著になり、この傾向は近年一層強まっている。
 その結果、「機会の平等」と言ってみても、そもそも努力する場=働く場が与えられない、あるいは努力しても非正規雇用であるため、努力に見合う賃金、あるいは正当な社会保障給付(医療・失業・年金給付など)が受けられない=結果に結びつかない、という事態が起こってきている。
 例えば、小泉政権時代の2002~2006年、経済は実質2%の成長を続けたが、給与所得者の給与総額は約1兆5000億円減少した。他方で、東京などの都市富裕層の所得と資産は着実に増加した。給与総額が減少したのは、給与所得者が努力を怠ったからではない。
 それは、経済全体の「構造」として努力が結果に結びつかない状況が生まれてきたからだ。
 これを端的に表す言葉が「ワーキングプア」である。いわゆる「構造改革」政策の結果、こうした歪んだ雇用「構造」が生まれてきたことは皮肉なことであった。
 正当な努力の機会さえ与えられず、人間の尊厳すらも脅かされる人々の貧困の問題が、国民誰の目にも触れるようになってきた。

3.このような経済・雇用構造の歪みを正すアプローチとしては、人口減少社会への対応、成長戦略、積極的雇用政策(職業訓練、就業支援)、適切な労働規制などがある。これらも非常に重要な施策であるが、それによっても解決できない部分については、所得再分配を行うことが必要となる。それは、その所得水準に着目し、あくまで努力=勤労を大前提として現役世代を支える=所得を補償するというアプローチになる。

4.民主党マニフェストでは、積極的雇用政策や労働規制までは視野に入れているが、現役世代を対象とする所得再分配政策は、全く視野に入れていない。
 結婚ができて子どもも持つことできた家庭の支援の前に、経済構造の歪みの中で、十分な経済力を持てずに結婚できない若者、結婚できても同じく経済的な理由で子どもを持つことができない若者をこそ、まず一番に、その努力=勤労することを条件に、その経済・雇用構造の歪みに由来する所得の目減り分を「補正」すべきである。
 アメリカでは、クリントン大統領が「フルタイムで働いているにもかかわらず貧困線の下の生活しかできない社会にはしない」という哲学の下、勤労を条件に給付付き税額控除を導入した。
 明確な哲学と的確な政策である。
 遠からず稿を改めて、この給付付き税額控除の日本への導入について提唱したい。