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日本の社会をどう変えればいいのか(14)―所得再分配機能が失われてきた日本の税・社会保障制度―

text by

小泉龍司

2011.03.03

1.前回までの稿で述べたとおり、「機会の平等確保」について、いかに精緻に制度設計を行っても排除できない偶然性がある。
 また、グローバル化が進み、新興国との厳しい競争にさらされる日本の企業に、かつてのような「フルタイム・終身・正規雇用」を、しかも完全雇用の形で常時に提供することを求めることは難しくなってきている。
 政府による成長戦略や積極的雇用政策(失業保険のような受け身の対処ではなく、職業訓練、雇用支援などの能動的な雇用のサポート策)も必要であるが、これらによっても、かつてのような完全雇用に近い状況を作り出すことは簡単なことではない。
 すなわち、そもそも競争の機会(=雇用の場)そのものが与えられない人々も数多く存在することを、常に考慮しなければならないという状況になってきた。

2.こうした状況を勘案すれば、社会全体として、自由な経済競争の結果として生まれてきた所得分配の状態に事後に手を加えて所得を再分配し、貧富の差を緩和することが必要となる、と考えられる。
 「努力すれば報われる社会」というものが、例えば一つの「競技会」だとすれば、その競技会に出場して良い成績を修めれば、良い賞品をもらうことができる。
 しかし、そもそもその競技会に参加できない人がいる。まず高齢者、そして子どもたち。また、成人であっても、その競技会に参加できる定員が大きく減らされてくれば、これまで参加できた人も参加できなくなってくる。競技会に参加できなければ、そもそも努力することもできない。
 こういう競技会に参加できない人に、競技会に参加し、かつ入賞して賞品をもらった人から「おすそ分け」するのが「所得再分配」である。それによって競技場の中に入れなかった人たちにも競技会の恩恵が及び、社会の一体化が確保される。
 また、競技会に参加できた人も、将来自分が競技会に参加できなくなった時の不安を和らげることができる。

3.こうした所得再分配機能を担うのが、税制と社会保障制度である。
 税制には国民の共通経費(教育費、防衛費、公共事業費、公務員の人件費など)を賄うという役割と、社会保障と一体となって所得の再分配(所得を移転させる)を行うとう2つの役割がある。
 大きな政府か小さな政府か、という議論があるが、前者の共通経費の部分については、無駄遣いがなく、かつ経費の規模も少ない「小さい政府」がしばしば求められる。
 しかし、後者の所得再分配機能が大きい方が良いか、小さい方が良いかということになると、一概に答えを出すことは難しくなる。国民の皆さんのそれぞれ置かれた立場により、また考え方により答えは異なってくるであろう。だからこそ国民的議論を行って合意を作っていくことが必要となる。
 しかし、その前に最も大切なことは、現状を知ることである。現状を知らなければ正しい議論はできない。

4.日本の税・社会保障の機能はどうなっているのか?という点については、これまで国会でもマスコミでもほとんど問題にされてこなかった。そもそも、所得の再分配という考え方が日本では未だに希薄である。
 それには理由がある。すなわち、日本では常に「雇用の再分配」に重きが置かれてきたからだ。
 公共事業により、地方に雇用の場を作る。
 商店街を守り、地方の雇用の場を守る。
 といった形で「雇用の再分配」が「所得の再分配」の代わりに行われてきた。
 そこにも2つの理由がある。
 まず、日本では高度成長期以降、雇用そのものが拡大を続け、また雇用再分配の波及効果(景気の刺激による雇用の拡大)も大きかった。
 第2に、雇用の再分配は「目に見える政策」であり、かつ「裁量が効く政策」である。政治家にとって、これほど自分たちの存在価値を高めてくれる政策はない。税や社会保障などの仕組みにより、目には見えない形でかつ自動的に再分配が行われても、誰も政治家には感謝しない。
 こうした事情から、日本では所得再分配を雇用を通じて行おうとする政治のインセンティブが強く働き、また、それを可能とする経済、財政事情があったために、公的な税・社会保障制度の機能は軽視され、代わって雇用=企業による終身雇用の提供が重視されてきた。

5.しかし、1990年代はじめのバブル崩壊から今日までの間に、こうした雇用の再分配は非常に難しくなってきた。グローバルな競争の激化と財政事情がそれを許さなくなってきたからだ。
 また、政治の裁量によるルールなき恣意的な雇用再分配は、国民の間に政治と行政に対する根強い不信感を醸成し、それが再分配そのものを否定する「小さい政治論」や、小泉構造改革支持の背景にもなっていった。
 90年代以降、再分配における雇用の力が弱まっていく過程で、本来であれば税・社会保障の再分配機能を強化すべきであったにもかかわらず、逆に小泉政権が「小さい政府」の方向に走っていったのも、国民にそうした政治・行政不信があったからである。
 90年代以降実際にとられた政策は、労働のインセンティブを高めるという理由に基づき、所得税の最高税率の引き下げ、累進税率構造の簡素化であり、全体として所得税の累進構造は著しく弱められることとなった。
 また、消費税の導入(1989年)及び消費税率引き上げ(1997年4月実施)の際にも消費税の税収以上の所得税減が行われたことも、税制全体の所得再分配機能を弱めることになった。 

6.さらに97年の消費税率引き上げ後、社会保障費用の増加が顕著となってくる中、歴代内閣は経済立て直しを優先し、増税を封印した。そこで、代わりに引き上げられたのは社会保険料負担である。
 その結果、税収と社会保険料収入の割合は逆転し、2000年には社会保険料収入が税収を上回ることとなった。社会保険料負担は、ある程度所得水準に見合う負担の部分もあるが、均等割による負担部分も相当に大きく、低所得者にとっては大きな負担となる逆進性を持つ。その社会保険料負担が国民負担の過半を占めるようになってきたことによって、我が国の歳入構造における所得再分配機能は大きく崩れることとなった。

 ① 所得税の累進構造が弱まり、
 ② 税の中で所得税のウエイトが下がり、
 ③ 国民負担の中で税のウエイトが下がった。

 この3つの要因が重複して生まれ、税収自体も減り始めるとともに、国民負担の面における所得再分配機能は急速に低下した。
 次稿では、より詳しくこの点を見ていくこととする。