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日本の社会をどう変えればいいのか(16)―諸外国に比べ所得再分配機能が極めて小さい日本の税・社会保障制度―

text by

小泉龍司

2011.03.11

1.我が国では、先に見たとおり、「雇用の再分配」の仕組みが経済成長の下で自然に形作られていったが、むしろそれ故に、「所得再分配」の必要性については、正面から議論されることはほとんどなかった。
 戦後、日本の税制の中心体系となった所得税を中心とするシャウプ税制は、税制による所得再分配を通じて日本に大量の中産階級を生み出し、それをもって社会の民主化を図り、民主化をもって戦争(日米再戦)の歯止めにしようとの意図をもって日本に導入された。
 しかし、その後日本の税制は、1989年の所得税減税と消費税導入、また、それに続く1990年代以降の累次にわたる所得税の累進構造の緩和、1997年の所得税減税と消費税率の引き上げ、また、2003年の証券優遇税制の導入と継続による富裕層への優遇措置などを経て、その所得再分配機能は大きく損なわれてきた。
 労働インセンティブの付与、あるいは投資の促進という理由でとられてきた上記の措置は、結局、富める者から貧しい者への所得の移転という税の再分配機能を著しく弱める結果となった。

2.現在、日本の税制の所得再分配機能の大きさは、OECDの先進諸国の中で最も下位である。かつ、その水準も他国とはかなり隔たりがある(飛び抜けて低い)。
 その理由を改めて整理すると、次のような点が指摘できる。

所得税の最高税率の引き下げや、税率ブラケットの簡素化により、所得税の累進構造が90年代以降、著しく弱められてきた。
かつ、この所得税については累次にわたり減税が行われてきた(1989年消費税導入時、94年消費税率引き上げ決定時、99年小渕内閣の景気対策として)。
その結果、国民所得に占める個人所得税負担割合は、2009年度で4.2%であり、アメリカ9.9%、イギリス13.7%、ドイツ9.4%、フランス10.5%に比べて半分以下の水準まで低下している。国民所得に対する所得税の割合が小さいため、日本の所得税制は大きな再分配機能を発揮することができない。
因みに、国税収入に占める個人所得税収の割合は、32.6%(2009年度)であり、アメリカを除く主要国とそう変わらない(イギリス37.7%、ドイツ37.5%、フランス34.0%)。
つまり、ヨーロッパ諸国では消費税率は15%~20%であり、大きな税収となっているが、所得税も3割台の税収ウエイトを占める大きな主要税目であり、先に見たように、国民所得に対して10%程度の負担水準が維持されている。その結果、ヨーロッパ諸国の所得税は一定の所得再分配機能を担うことが可能になっている。
日本よりも消費税率が相当に高いにもかかわらず、ヨーロッパ諸国の税制の方が所得再分配効果が大きい理由は、所得税も相応に大きなウエイトを占めているという点に求められる。
日本では消費税は5%の水準に留まっているが、所得税収の個人所得に占める割合も、累次の減税により相当に小さくなったため、所得税は消費税を上回る大きな税目ということにはならず、税収もほぼ同じような水準に並んでいる(2009年度 所得税収:約12兆6000億円 消費税収:約9兆6000億円)。
証券優遇税制の導入、継続により富裕層を優遇してきた影響も無視できないと考えられる。
なお、所得税の最高税率は諸外国より低い(富裕層を優遇している)、あるいは課税最低限が諸外国より低い(低所得の人にも課税している)ということはない。
ということは、その間の税率水準の違いにより、累進性並びに所得税のウエイトの差違が生じているということになる(この点については、改めて確認したい)。


3.次に、社会保障給付(公的移転:保育、医療、介護などの現物給付は含まれていない)による所得再分配機能の大きさは、アメリカと韓国に次いで下から3番目である。
 その理由は次のような点に求められる。

日本における社会保障給付(主に現金給付)は、主として、現役世代の負担に基づく高齢者への現金給付(年金)である。その結果、高齢者の間の所得分配の不公平はかなり是正された。
しかしながら、現役世代への給付はほとんど行われないために、現役世代間での所得再分配はほとんど行われていないのが、日本の社会保障制度の大きな特徴となっている。
子ども手当てが導入されたが、これまでの児童手当てと異なり、所得制限が課されていないため、所得再分配機能はむしろ後退してしまったと言える。
ヨーロッパでは、我が国と同じように高齢化が進み、高齢者には日本以上に手厚いケアが行われているが、それに加えて、現役世代に対しても相応の給付が行われ、社会保障制度全体としての所得再分配機能が果たされている。
高齢者だけではなく、現役世代も所得再分配の対象に入れるため、当然社会保障の規模は日本よりも大きくなる。日本は先に見たとおり、現役世代の生活保障は主として「雇用の再分配」で行い、現役世代を社会保障の対象とはしなかったために、その分社会保障の規模も小さい。
こうした意味では、我が国の社会保障給付の再分配効果の弱さは、社会保障の規模の大きさの違いに由来すると言うこともできる。
もう一点、社会保障の分野で指摘されている「社会保障の逆機能」という言葉がある。(注)
その意味については、次稿で述べることとしたい。


4.こうして日本では、税・社会保障制度が共に十分な所得再分配機能を発揮できないために、

我が国の税制と社会保障制度が貧困率を低下させる幅は、OECD諸国の中で比較可能な17カ国中、最低となってしまった。(注)
また、2007年にまとめられたOECD経済部のワーキングペーパーによれば、2000年の数値であるが、税と社会保障が所得分配の不平等をならす力の大きさ(「ジニ係数」の低下幅)は、現役世代に対しては、比較可能な14カ国の平均の半分以下の水準となっている。(注)
また、2009年の内閣府の「年次経済財政報告書」によれば、我が国の税・社会保障全体の再分配機能は、イギリスやカナダなどアングロサクソン諸国と同程度であるとされている。
同じく内閣府の分析によれば、次の指摘が行われている。
(イ) 日本の税制にはほとんど見るべき再分配機能がない。
(ロ) 60歳より若い世代に対し、所得再分配効果がほとんど及んでいない。
(ハ) 社会保障負担全体の中で、下位20%の低所得層が負担している割合及び社会保障給付全体の中で、同じく下位20%の低所得層に給付されている割合を国際比較すると、日本の低所得層はより大きな負担をし、より小さな給付しか得ていない。


5.「格差の是正」が強く求められた一昨年の総選挙以来、我が国の社会のあり方の根本問題に直結する税・社会保障制度の再分配機能に、政治が目を向けてきたとは言い難い。
 確かに税と社会保障制度は複雑で専門的で分かりにくい。
 政治家の中でも、この分野に入って行ける人はそう多くないかもしれない。
 しかし、だからこそ時のリーダーは、雇用の再分配に頼れない今、「所得再分配」の問題に焦点を当て、国民に分かりやすく現状を説明した上で、国民の合意を得るべく提案を行うことが強く求められている。

(注)大沢真理(生活経済政策、2008.5 NO.136)