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日本の社会をどう変えればいいのか(18)―反貧困政策の必要性―

text by

小泉龍司

2012.03.16

1.1980年代の欧米における新しい貧困の「再発見」

 欧米諸国では、20世紀以降の貧困は、近代工業制度の中で職に就けない人々(そして、その居住地であるスラム)だけではなく、むしろ近代工業社会の内側により多く広がっていることが認識されてきた。
 すなわち、貧困は工業社会における「ワーキングプアの問題」であることが、基本的には従来から理解されていた。従って、欧米諸国では、80年代以降、グローバリゼーションとポスト工業化の経済システムの下で、雇用の場が、専門知識を駆使する金融や情報産業などで働く人と、不安定で低所得の単純労働に追いやられてしまう労働者に二極化していくことにより生まれる「新しい貧困」を見逃すことなく、言わば「再発見」していくことができた。
 また、「貧困」の存在は明らかに現政権の大きな失点であり、欧米諸国では、「政権交代」を狙う野党は常にそれを見つけようとしてきた、という事情も働いていたと考えられる。


2.未だ定まっていない日本における「貧困」への視点

(1)これに対して、日本では戦後の高度成長期以降、貧困の存在に対する社会の認識は希薄であり、自民党の長期政権が続いてきたこともあって、郵政選挙後の2006年にNHKが特集番組「ワーキングプア」を2度に渡って放映するまでは、社会の目が貧困に向けられることはなかった。
 実はこの番組こそが、その後の政権交代をもたらす政治的な源流になったのだ。
 しかしながら、「貧困の存在」への認識と、それを社会としてどう扱うか、という判断については、国民の視点、従って二大政党の視点は未だ定まっているとは言い得ない。
 「貧困」も「格差問題」と同様に、政治的な「流行り言葉」として国民の意識の中を通り過ぎていこうとしている、という見方も、あながち間違いだとは思われない。国民の意識の中に「自己責任」や「自助努力」を重く見る考え方が普及しているからだ。

(2)しかしながら、「貧困」の問題については次のような状況の変化がある。
 「すべり台」社会という言葉を使ったのは、反貧困ネットワークの湯浅代表ではなかったかと思う(記憶があいまいである)が、日本の社会では、人生のコースが「フルタイム・正規・終身雇用」者により形成される家庭という、社会保障制度が想定するコースを外れた途端に、真っ逆さまに貧困へと落ちていってしまうおそれがあることは事実である。
 その不安を現実に、自分自身に、また、自分の家族に感じている国民の数も着実に増えてきている。
 また、国や社会としての一体性を保つことにより、社会の安定を保つ必要性にも、次第に国民の目が向くようになってきた。
 欧米のこれまでの経験と、こうした最近の国民の意識変化を踏まえ、我々は「貧困」の問題、反貧困政策を社会保障政策の柱の一つに据えることが必要である。


3.「貧困」とは何か

 「貧困」とは、「本来、人としてあってはならない状態」という価値判断を含む言葉である。
 「格差」には、本人の責任に帰すべき理由によって生じる「あっても良い格差」は、ひとつの考え方としては存在するが、「あっても良い貧困」は存在しない。
 こうした考えた方に基づいて、欧米では生存に必要なカロリー量を摂取できる食費を算出する方法(ラウントリーの「マーケット・バスケット方式」)や、これに社会の一員として生きていくために最低限必要な費用を加える方式(タウンゼント)、さらに、普通の人と同じ生活や行動ができることを保障するが、そのための費用を最も安く賄う場合の費用の合計を最低生活費とする、という方式(ブラッドショー)などが、「貧困」であるか否かを区分する基準として作られてきた。
 また、国際比較を容易にする方式として、OECDの「相対所得貧困基準」(所得順位のちょうど真ん中の人の所得の半分の水準の所得)も作られ、しばしば国際比較に用いられている。

4.日本で現実に用いられている「貧困」の基準

(1)

国が制度として定めた「貧困」の基準は、「生活保護基準」(最低生活費であり、生活保護で救済される人を選ぶ基準にもなっている)である。
これが日本政府が定めている最も基本的な「貧困ライン」である。

(2)

具体的には、「生活扶助基準」+「住宅扶助」+「(子どもがいれば教育扶助)」+「(収入があればその控除分」」=最低生活費となる。

(3)

生活保護基準の考え方の変遷

上記のマーケット・バスケット方式(1948年)からスタート。
エンゲル方式(1961年 食費÷エンゲル係数)に切り替え。
格差縮小方式に切り替え(1960年代~)高度成長で一般世帯の消費水準が伸び、保護基準がなかなかこれに追いつかないため、一般世帯の消費水準との格差を縮小するという考え方に移行。

水準均衛方式(1983年)に移行。生活保護基準が一般世帯の消費水準の62.8%に到達したので、格差縮小は達成されたとして、以後、この「6割」の水準に固定化することとされた。

 結局、日本の「貧困ライン」は、事実上一般の消費水準の「6割」と定められている、ということになる。
 ただしこれは、生存費用や社会的生活から「落ちこぼれない」といった基準に基づき計測が行われた結果、導かれた水準ではなく、客観的かつ明確な根拠は存在しない。そういう性格の基準であるならば、なおさらのこと国民の合意を得るべく国会で議論が行われるべきである。
 しかしながら、この基準の設定は日本の社会保障政策の根幹を成すものであるにもかかわらず、その算定方式は厚生労働大臣が専決できることになっており、国会での論議や議決は不要とされていることにも、大きな問題があると考えられる。
 今後、税と社会保障の一体改革の中では、この我が国における貧困ラインの水準や、その算定方法について、改めて掘り下げた検討を行うことが不可欠である。


(参考文献)岩田正美「現代の貧困」(ちくま新書)