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日本の社会をどう変えればいいのか(21)―政治が見過ごしている「社会構造の急激な変化」(中産階級の没落)―

text by

小泉龍司

2012.03.30

1.これまで数回にわたり「貧困と格差」の問題について論じてきたが、最近我が国では、これらの問題について論じられる機会は目に見えて減少している。特に政治の場、国会においてはその傾向は顕著である。
 格差是正の目玉の方策として国会に提出された労働者派遣法の改正問題は、長らく店晒しにされ、あげくに政府・民主党はいとも簡単に野党に妥協して、今国会に提出された法案では、製造業への派遣と登録型派遣の禁止が見送られた。
 現在の労働市場の歪みと格差の問題を派遣のあり方だけで解決することは困難であり、また完全雇用が実現していない状況の下で、派遣労働の規制強化がかえって雇用の機会を狭めるのではないか、という問題点は別途あるが、私が懸念しているのは、労働者派遣に代表される「格差問題」の是正に向けた「問題意識と熱意」が、与野党ともに冷めてきているという点である。

2.そもそも、先の政権交代を求めた民意は、民主党マニフェストの個々の施策というよりは、むしろ自由競争を信奉するあまり見過ごされてきた、所得格差の急速な拡大に歯止めをかけてくれる政府を望んだ、という要素が大きかったと私は感じているが、これは誤りであろうか。
 前回選挙から2年半、与野党ともにそのことをすっかり忘れてしまったかのようだ。

3.しかし、現実に格差の拡大は下方に向かって進んでいる。
 世論調査によれば、前回選挙の時点で自分の暮らし向きの水準を問うた結果、最も多かった回答は、サラリーマンは「下の上」、自営業者は「中の中」であった。
 しかるに直近の調査で最も多い回答は、サラリーマンは「下の中」、自営業者は「下の上」であった。
 いずれも「下」と答える回答が最も多く、特に自営業者は自らの生活水準への認識が、この2年半の間に2段階も下がってきているのだ。
 中産階級が急速に下方に崩れていく実相がはっきりと読み取れるのだ。
 しかし、政治はそのことに全く無頓着だ。

4.アメリカでは最近、この「中産階級の没落」が政治的にも社会的にも大きな問題になっている。トップ1%の富裕層への富の一極集中の是正を求めて反格差デモが全米に広がり、ウォール街の占拠が続いている。
 また、他方で保守層からは極端な形で「小さな政府」を求める茶会運動(ティーパーティー)が起こり、いずれも政治に大きな影響力を及ぼし始めている。
 ある意味で正反対の方向を向くこの2つの運動を、バックグラウンドで事実上支えているのは、これまで中産階級であった中高年の白人層であることが最近明らかになってきた。アメリカの安定的な中産階級層に異変が起こっているのである。

5.それを実証する分析がある。
 アメリカが新たに導入した「貧困の基準」によれば、アメリカ人の3人に1人は貧困層または貧困予備層に入る。
 また、スタンフォード大学が発表したレポートによれば、かつては65%を占めた中間層がこの40年間で20%減少し、代わって富裕層と貧困層が倍増したことが報告されている。
 アメリカの2つの政治社会運動の背景には、こうしたアメリカ社会の深刻な構造の変化がある。
 その解決は非常に困難かもしれない。
 しかし、少なくともアメリカの政治と社会はこの問題に気づいている。その問題の所在をしかと認識はしているのだ。

6.しかるに日本の政治と社会には、未だ社会に地殻変動が起こっていることの認識がない。
 確かに、全米の国富(金融資産や不動産)の50%近くをトップ1%の富裕層が占めるアメリカと同様の調査分析結果は、日本にはない。
 また、フローの所得については、アメリカのトップ1%の富裕層が全所得の約25%を得ているのに対して、日本ではトップ5%の階層が全所得の約25%を得ているという違いがある。
 にもかかわらず、国民の生活水準の「意識」が大きく下方にシフトした背景には、我が国では人口減少、デフレが止まらないことにより、将来に所得が回復する見込みがないことも織り込まれていると指摘されている。
 この点で、事態はアメリカよりもいっそう深刻である。
 にもかかわらず、それを感じ取らない政治。
 その政治に対して日本でも、アメリカの場合とは異なる形で有権者が強い反応を示し始めた。
 次回はそのことについて述べたい。