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日本の社会をどう変えればいいのか(23)―日本における所得再分配政策の欠落―

text by

小泉龍司

2012.04.13

1.さて、前回までに述べたように、日本の政治は社会構造の変化(中産階級の没落・中流の喪失)に対して極めて鈍感であり、然るべき体系的な対策を講ずることができずにいる。
 叫ばれているのは、マクロの成長戦略(新エネルギー、環境技術の革新、観光の振興、医療介護分野での新しい雇用の創出など)と、アジアを中心とする新興国の成長を取り入れることなどである。
 結局、企業を興し、企業を活性化していく視点に「回帰」してしまっている感がある。「回帰」という意味は、かつて日本は、1990年代までは家庭が社会保障を担い、企業が家庭を守り、その企業を国が守るという形で、企業を通じて間接的に生活保障を行うシステムをとってきたからである。
 それを遡れば、「1979年体制」と呼ばれる田中角栄総理が行った政策転換に行き着く。
 金融機関に対する護送船団方式、規制による業界保護、大店法による商店街の保護、公共事業の地方への手厚い配分、料金プール制による地方の不採算高速道の建設、生産者米価引き上げによる地方農家への所得移転などにより、所得ではなく「雇用」を日本中に再分配することにより、企業を通じて国民の生活保障を行い、中産階級を保持しようとしてきた、という歴史がある。
 日本では長らく、と言うかこれまでずっと、再分配の対象は所得(や資産)ではなく、「雇用」であった。

2.他方、日本の税制は、所得再分配と中産階級の創出を狙って戦後導入されたシャウプ税制を離れ、特に90年代以降は明確に、所得再分配は税制ではなく社会保障給付で行うべきという考え方に移行し、最高税率の引き下げを含む税率のフラット化、そして所得税減税が累次行われてきた。
 その結果日本の税制は、(逆進性を持つ消費税の税率が諸外国に比べて低い水準にあるにもかかわらず)全体として累進性の低い、国際的に見て所得再分配機能が最も低いレベルの税制となっている。(注)

3.また、先の稿で述べたとおり、日本の社会保障制度は社会保険制度(年金・医療・介護)が大きなウエイトを占めており、公的扶助のウエイトは小さい。
 社会保険制度の目的及び機能は、あくまで人生に伴うリスクの分散であり、所得再分配ではない。給付面で見れば、基礎年金には所得再分配機能があるが、他方、報酬比例部分の年金は、現役世代の所得の格差を老後にまで持ち込むという格差拡大の要素がある。
 また、保険料については社会保険料に均等割部分が設けられているため、所得に対して逆進性を持つ負担が、低所得者に対して課されている。
 加えて、フラットになったとはいえ、社会保険料に比べれば累進性を持つ所得税は減税が相次ぎ、社会保障財源の中で、所得税に対して社会保険料が大きなウエイトを占めるようになってきたことも、日本の税・社会保障の再分配機能を弱める結果となった。
 これらの結果、日本の社会保障制度は、現役世代から高齢者への年金による再分配効果を除いては、有効な再分配機能を発揮することはできず、再分配機能はOECD諸国で下から4番目である。

4.戦後一定期間、雇用の再分配が行われてきた日本では、所得の再分配は「働く機会はあるはずだ。にもかかわらず所得がないということは、働いていないということであり、所得再分配は働かない者への給付である。」と捉えられがちであり、それは勤勉性の高い日本人の気持ちにはそぐわないところがあることも事実である。
 「自助」「共助」そして「公助」へ。この順番で支えることが正しいことは自明である。
 しかし今や、後に述べる人口減少とグローバリゼーション、情報技術革新の中で、安定的な雇用を分配することは難しい。中産階級の没落は、彼らが勤勉性を失ったからだ、と主張することには無理がある。勤勉に働く「自助」の意思を持っているにもかかわらず、なお多くの人が十分な成果を上げ得ない状況に追い込まれつつあるということを理解せねばならない。
 もちろん、所得再分配への「フリーライダー(不正受給者)」は厳しく排除しなければならない。それは、国民の勤労意欲を最も大きく削ぐことになるからである。

5.以上述べた理由、すなわち

 ・階層分化という社会構造の大きな変化についての認識が政治にはない。
 ・かつては「雇用」の再分配で成功してきた。
 ・日本人の勤勉性に照らし、好まれない。

という理由により、日本では個人を対象とする所得再分配政策の分野は、制度自体もその制度の是非を問う議論も非常に未成熟なままである。
 しかし、果たしてそれで良いのであろうか。
 この危機の時代を乗り越えていく上で、我々は諸外国が十分に活用しているこの政策ツールを放棄したままでやっていけるのであろうか。

(注)さらに税制について言えば、金融所得を正確に把握するための納税者番号制度は未だ導入されず、相続税の納付者もわずか4%という水準にある。
 株式の配当や譲渡益はどんな高額所得者でも、現時点では10%の課税で済む。