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税と社会保障一体改革の法案について

text by

小泉龍司

2012.06.25

1.消費税率の引き上げを含む、税と社会保障の一体改革関連法案の衆議院採決が、民主党、自民党、公明党の三党合意に基づき26日(火)に行われることとなった。

(1)法案の主な内容は、

  1. 消費税率の引き上げ
    2014年4月 5%→8%
    2015年10月 8%→10%
  2. 税率引き上げに伴う低所得者対策として、次の措置を検討。
     (イ)税率8%の段階で、簡素な給付措置か軽減税率。
     (ロ)税率10%の段階で、給付つき税額控除か軽減税率。
  3. 低所得者への年金対策として、保険料給付実績に応じた加算分として、年金とは別に福祉的に年金を支給。
  4. 非正規労働者の厚生年金加入要件を、月収8.8万円に緩和。
  5. 現行の「認定子ども園」を拡充。
  6. 将来の年金、医療制度の設計については、「社会保障制度改革国民会議」(国会議員と有識者で構成)を創設し、1年間かけて検討。
  7. 消費税以外の所得税や相続税については、年末の税制改正で検討。
  8. 高額所得者の基礎年金の減額については、引き続き検討。

(2)要するに主な内容は、消費税率の引き上げと「社会保障制度改革国民会 議」の創設であり、社会保障制度改革の内容やほかの税制改正については、国民会議等に先送りされることとなった。


2.今回の一体改革法案については、次のような問題点がある。

(1)昭和50年代以降、日本は高齢化の坂道を上ってきたが、団塊世代が高齢者となる今後10年間で、これまでで最もきつい勾配の急坂を上ることになる(高齢者数:2900万人→3600万人へ約700万人の増加)。
 他方、これを支える財政は、政府の長期債務残高が1000兆円に達する中、毎年40兆円を超える国債発行が続いている(今年度は国債発行約44兆円、税収約43兆円)。
今後10年間でさらに必要となる社会保障費は、国費だけでも約13兆円、消費税率にして約5%分に相当する。

(2)すなわち、今回の消費税率5%引き上げは、今後10年間で新たに必要となる国費ベースの社会保障費にほぼ等しい。ただし、消費税収のすべてが国費に充てられるわけではなく、増収分の4割超は地方に配分されるなどの事情があるため、正確には、税率5%の引き上げで、国費ベースで3~4年分の追加費用のみを賄うことができる。

(3)この間も、40兆円以上の国債発行は続いていくことになるが、欧州債務危機が続く中、日本が「ギリシャ化」するリスクがないと断定することは難しい。  
 こうした全体の財政の状況から考えると、大局的に見て、財政のバランス回復への努力を行おうとする意思を、国際社会(マーケット)に示さない限り、国債暴落→財政破綻→金融危機のリスクは急速に高まっていくと考えられる。

(4)歳出カットで対応できないのか、という問題がある。

  1. 公共事業費はピーク時の半分以下となり、公共投資額が固定資本減耗額を下回る状況となっている。すなわち、日本の公共インフラは、すでに減価償却の方が更新投資より大きくなっており、次第に劣化が始まっている。
    この状態が今後も続けば、今ある橋や道路の維持も難しくなる。
  2. 教育費はOECD諸国中最低レベルであり、人材育成の必要性を考えれば、今後はむしろ教育費を増やしていかねばならないと考えられる。
  3. その中で、削減が必要でありまた可能なものは、国会議員の定数・歳費や、公務員の人件費である。
    公務員の数自体は、諸外国に比べて人口比でむしろ少ないが、給与水準については見直しの余地が大きい。しかしながら、国家公務員については、約8%の人件費引き下げが決定されたが、2年間の期限付きである。
    今後、これらの問題については早急に国民が納得できる措置をとる必要がある。
  4. 最も大きい支出項目は社会保障給付であり、国費28兆円余りが支出されている。
    社会保障給付のうち、大きな割合を埋めるのが20兆円を超える医療、年金、介護の各社会保険制度への国からの拠出金である。
    この国庫拠出金の恩恵は、高額所得・資産保有者にも及んでおり、この仕組みについては、無駄遣いの見直しや公平性の観点から、大幅に見直す必要がある。

(5)経済成長により税収を増やすことはできるのではないか、という指摘がある。
 過去20年間、様々な経済対策や構造改革政策がとられてきたが、日本の経済成長率は平均して1%前後であり、潜在成長率(潜在的な生産能力)も2%を下回る水準まで下がってきている。
 また、総人口の減少は2006年から始まり、今後、毎年平均約1%の人口減少が続いていく。
 こうしたマクロの要素を考えると、成長への努力は最も重要ではあるが、直ちに3~4%の成長を実現する具体的なシナリオ(机上のものは別として)は、いまだ見出されていない。

(6)一層の金融緩和により、経済成長は可能ではないか、という指摘がある。
 しかしながら、2000年代には大規模な量的緩和策が継続的にとられたが、有効な結果を生むことができなかった。
 政策金利(短期金利)は、ゼロ金利政策によってほぼゼロ%近辺に張り付いており、長期金利も1%程度で推移しており、すでに金利面での緩和の余地は乏しい。

(7)消費税率引き上げにより、経済が減速するのではないか、との指摘がある。
 ヨーロッパ各国では過去69回の税率引き上げが行われたが、景気減速に結びついたことはないという実証研究がある。
 ただし、現在日本は人口減少の最中にあり、これまでのヨーロッパ各国の経験をそのまま当てはめることには慎重であるべきと考えられる。
 したがって、実際に引き上げを実施する2014年から2015年の経済状況を十分に見極める必要がある。

(8)消費税の逆進性の問題がある。
 日本の社会保険料にはそもそも大きな逆進性があり、それに消費税率引き上げが加わることにより、低所得者の負担感は更に大きなものとなる。
 軽減税率を入れてもあくまで逆進性の中でその程度を軽減する効果しかない。まだ異論もあるようだが、あくまで「勤労」を条件として、アメリカやイギリスが導入している給付つき税額控除の導入を行う必要がある。


3.法案についての考え方
以上述べた諸点を総合的に勘案し、長時間熟慮して参りましたが、結論として、私は今回の一体改革法案に賛成することはやむを得ないと考えるに至りました。

(1)昭和50年代から続いてきた高齢化の最後の10年間(その後、高齢者の増加はなだらかになる)、現在の財政構造のまま、この急坂を上りきることができると、誰も断定できない。
 もし財政破綻に至れば、巨額の国債を保有する金融機関は経営危機に陥り、また、社会保障費も削減され、結局はすべての国民、特に弱い立場の方々に大きなダメージが及ぶこととなる。
 日本の経済、財政、金融システムがこれからも無条件に安全であると思い込むことは、原発の「安全神話」を信じ切ってきたことと本質的には同じであり、やがては同じ深刻な失敗を繰り返すことになると考えられる。

(2)ただし、先に述べた様々な問題点を、実際に税率が引き上げられる2014~15年までに解決していくことが、一体改革の不可欠の前提である。

  1. 国会議員の定数、歳費の削減。公務員人件費の引き下げ。
  2. 逆進性対策として、軽減税率及び給付つき税額控除の導入。
  3. 社会保険料の逆進性の見直し。
  4. (改めて別の稿で述べるが)中小事業者による消費税の転嫁をよりスムースにするための、インボイスの導入。
  5. 高額所得・資産保有者への社会保障給付のうち、公費投入分の削減。
  6. 経済成長への具体的なシナリオの策定。
  7. 現役世代、特に若い世代への資金配分と生活保障。結婚し、子育てができる経済力の付与。
  8. 7. と併せ、保育・育児休業制度の充実。出生率の上昇を可能とする措置。
  9. 実際の税率引き上げについては、その時点の経済状況を十分に勘案すること。

4.またこの他、日本が取り組まねばならない就業構造と、世代間の資産配分調整の問題がある。

(1)IT化、ロボット化による省力化、工場の海外移転により、日本の製造業の就業者がこの20年間に約1500万人→1000万人へと、約500万人減少したことが、中間層の減少、格差拡大、消費低迷の大きな要因になっている。
 他方、製造業で失われたのとほぼ同数の雇用の場は、主として介護分野に生まれたが、介護分野では、規制によりまだ十分に雇用を吸収できておらず、給与水準も低いままである。
 基本的な介護ニーズを充たした上で、より多様な介護サービスを認めることにより、介護分野への資金の流入を促し、より大きな雇用の受け皿とする必要がある。

(2)国民の金融資産、約1400兆円のうち、約7割は高齢者が保有している。
 相続発生時の相続人の平均年齢は67歳であり、金融資産は現役世代に回らずに、高齢者の中だけで循環している。
 フローの経済のみならず、こうしたストックの経済にも着目し、金融資産を現役世代にもシフトさせていくための資産課税の仕組みを早急に考える必要がある。


5.これまで低次元の批判合戦を繰り返していた2大政党が、公明党も含めて合意に達したことは、ある意味で画期的なことである。
 これにより、新たに創設される「社会保障改革国民会議」等の場において本来なされるべき、先に述べてきたような議論が行われる土台ができたと考えられる。
 小選挙区制の下での2大政党制によって分断と対立(政局)ばかりが続いてきた日本の政治にも、ようやく「政策の時代」が開けてくる兆しではないかとも受け止められる。
 こうした展望が現実となるよう、なお一層の努力を続けるとともに、「決められない政治」を脱却して、真に国と国民が進むべき道を国民の皆様に示していくことを不可欠の前提として胸に刻み、衆議院の採決に臨みたいと思います。

 以上の趣旨、何卒ご理解を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。