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2030年―原発ゼロを目標とすべき

text by

小泉龍司

2012.08.23

1.現行のエネルギー基本計画は、2030年時点の原発依存比率を5割強としているが、福島第一原発事故を踏まえて、エネルギー基本計画の見直しが進められている。
 これまで長い期間にわたり、原発の「安全神話」の中で原発推進が国策として進められてきたが、今、我が国はこれを見直すべき歴史的な大きな岐路に立っている。

2.その判断の最も根本となるべき認識は何か。
 それは、原発の持つ巨大なリスクを、我々が完全に制御することは困難であるという事実認識である。
 科学技術の性格として、100%の安全確保は不可能であり、また、一旦事故に至れば、国の存亡にかかわる甚大かつ回復不能な被害をもたらすことは、今や誰も否定することはできない。
 週末に行われる官邸前のデモに参加された地元の方から、メールを頂き伺った話であるが、福島から来られた農家の方が「政府が大丈夫と言うから田植えをしたが、この夏は、毎年うるさいほどに鳴く蛙の声が全く聞こえない。それでみんなこれはやばいと思ってデモに来た。」と話しておられたとのこと。福島では奇形の蝶が見つかったとの報道も流れている。
 つまり、現時点で我々は原発事故の深刻さの全容すら、まだ正確には掴みきれていないのだ。
 また、使用済み核燃料の最終処分の場所も方法も未だ定まっていない。使用済み核燃料を無害化するためには、5万年近い年月が必要と言われているが、5万年の間、これを安全かつ確実に管理する仕組みを構築することは不可能である。(どのような深さに埋めようが、1万年単位で起こる地殻変動に耐えることはできない。)

3.このように、原発というシステムは不完全でリスクの極めて高いエネルギー源であるにもかかわらず、それに目を瞑り、問題を先送りして目先の「効率」と「コスト」のみを追い求めた、その結果が今回の福島第一原発事故であった(事故の収拾、賠償費用を含めれば、原発のコストは他のエネルギー源に比べて決して小さくはない、ということが今頃になって指摘されている)。

4.2022年に原発ゼロとすることを、2002年に決定したドイツは、今回の事故を見て、世界最高水準の技術を持つ日本ですら、原発事故を防げなかったという認識の下に、福島の事故後、8基の原発を停止した。今年、太陽光発電の発電量は、原発20基分の大きさに達し、原発の発電量を抜いた。

5.ドイツでは、技術的な安全性を規制する原子炉安全委員会とは別に、社会学や哲学の有識者を含めた「エネルギー倫理委員会」が設置されており、そこでの検討を経て、「福島の事故により原発のリスクの大きさが証明された。」との結論が導かれ、原発ゼロへの道を着実に進むことが改めて決定された。
 経済効果だけではなく、「社会全体のあり方」から原発を捉える視野と検討の場がドイツでは設けられている。
 こうした「社会のあり方」の方向性を決めることが、政治の使命であるにもかかわらず、日本の政治が原発問題に正面から取り組んでいないことは、ドイツの事例に照らせば明らかである。

6.こうした正面からの取り組みを回避しつつ、日本の政治が踏んでいるステップは、内閣の国家戦略室に設けられたエネルギー環境会議による、2030年時点での原発依存度の3つのシナリオについて、国民の意見を聞く手続きである。
 その中で、政府が落としどころと目論んでいた節があるのは、原発依存度15%シナリオである。
 現在、我が国では、50基の原発が稼働可能であり、うち31基が2030年までに40年廃炉を迎えて停止する。残り19基が稼働を続けると、原発依存度は2030年時点で15%となる。
 他方、15%シナリオでは、2030年時点の再生可能エネルギー比率は30%、うち太陽光は13%分と見込まれている。これは、全国の一戸建て住宅2700万世帯のうち南向き世帯1700万世帯、そのうち1000万世帯に太陽光パネルを設置した場合の発電量に相当する。
 また、原発ゼロの場合には、風力発電施設を東京都の2.2倍の面積に設置する必要がある、との試算もなされており、こうした取り組みが実現できるのか、との指摘があることも事実である。
 また、製造業の国際競争力や雇用への影響を懸念する声も少なくない。
 原発ゼロに向けて進むには、こうした課題を軽視するのではなく、一つ一つ現実的に乗り越えていく努力が不可欠である。

7.そのことを踏まえた上で、今必要なことは、「社会のあり方」というより大きな新しい視点で原発を捉え直し、「原発ゼロ」を目指すべき目標として明確に示し、それに向けた現実的な努力を始めることである。
 この方向性について、国民の皆様に多くの異論はないのではないか。
 目標を立てれば、直ちにそれが実現するわけではない。乗り越えるべき課題は沢山ある。
 しかし、明確な目標なしに、社会のあり方を転換させることはできない。
 多くの課題をしっかりと認識しつつ、今、我々は進むべき道を明確に選択すべき岐路に立っている。そのことを深く自覚するべきであると考える。