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新金融緩和は「打出の小槌」になるか?(その1)―新金融緩和策が立脚する論理―

text by

小泉龍司

2013.04.08

1.日銀の黒田新総裁は、財務省の8年先輩で、若い頃2年間一緒に仕事をさせて頂いた。いつも笑顔を絶やさない明朗快活な方で、私が敬愛する財務省先輩の一人である。
 4月4日、黒田総裁の下での初の日銀・政策決定会合が開かれ、デフレ脱却のため、通貨供給量を2年間で2倍にする大規模な金融緩和策が決定された。
 これにより、2年以内に物価上昇率を2%に引き上げることを目標とする。

2.
(1)90年代はじめのバブル崩壊以降、「失われた20年」と呼ばれる「物価の下落を伴う、経済成長率の低迷」が続いている。
 この状況から脱却する方法として、「物価の上昇」を実現することを突破口としよう、というのが今回の金融緩和措置の考え方である。
 日本経済は、
  (イ)物価の下落
  (ロ)経済成長率の低迷
という2つの現象に直面しており、このうち(イ)物価の下落をターゲットとし、これを改善することにより(ロ)経済成長率の上昇を図ろうとするものである。
 大づかみに言えば、
 (イ)物価の下落は(ロ)経済成長率の低迷の「結果」として生じているのではなく、(イ)物価の下落(ないし物価下落の予想)が(ロ)経済成長率低迷の「原因」になっている、という認識が、今回の緩和策の根底に含まれている。

(2)もちろん両者は相互に影響を及ぼし合っているが、基本的にはこうした因果関係についての認識が、今回の金融緩和策の根底にある。
 前白川日銀総裁の任期中(5年間)、さらには2000年代前半にも、いわゆる金融の量的緩和は行われてきたが、これらの金融緩和策は、基本的にはあくまで(イ)物価の下落は(ロ)経済成長率の低迷によって生じている「結果」である、との現状認識に基づいていたと言ってよい。
 そういう意味で今回の金融緩和策は、量的緩和策の規模が格段に大きくなった、という点だけではなく、(イ)物価下落と(ロ)経済成長率低迷の因果関係の認識をこれまでとは逆転させたことに大きな特徴がある。
 これが第1のポイントである。

(3)第2のポイントは、「物価上昇は日銀による通貨供給量の増加によって実現できる」という認識に立っているという点である。
 この考え方は、「物価水準は通貨供給量によって決定される」という経済学理論「貨幣数量説」に基づいており、直近ではポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞)の政策提言“JAPAN’S TRAP”(1999年)に依拠している。

(4)第3のポイントは、「日銀は通貨供給量をコントロールすることができる」という前提に立っているという点である。

(5)以上の点を整理すると、今回の緩和策は次のような3つの論理の上に立っている、と言うことができる。
  (イ)日銀は通貨供給量をコントロールできる。
  (ロ)通貨供給量によって物価水準は決定される。
  (ハ)物価上昇(ないし物価上昇の期待)を実現できれば、経済成長率を引き上げることができる。

(6)(5)の(イ)~(ハ)の因果関係は相当程度強いので、日銀が大規模な金融緩和を継続しさえすれば、一定期間内に目標を達成できる可能性が高い、との認識に立っていることも、第4のポイントに加えることができるであろう。
 「2年間で2%の物価上昇を実現する。」という形で、年次を区切った目標設定を宣言したことに、その認識が現れている。

3.非常に明快なロジックであり、政策の内容もシンプルで分かりやすい。
(1)しかしながら、上記2.(5)(イ)~(ハ)には、それぞれ重要な「仮説」が含まれていることも事実である。
 その「仮説」を読み飛ばしてしまうことは、次のような点で大きな問題がある。

  (イ)「デフレは貨幣的現象である」という認識に基づく金融アプローチにより、見かけ上、仮に名目経済成長率が上昇したとしても、実体経済における産業構造転換=新しい需要の創出が実現しなければ、その効果は長続きせず、(物価上昇分を差し引いた)実質経済成長率(国民の真の豊かさ)は継続的に増加しない可能性がある。

  (ロ)(イ)を国民の生活実態の側からもっと分かりやすく言えば、物価の上昇を上回る賃金、所得の増加がなければ、国民の実質所得は増加せず、むしろ減少してしまうおそれすらある。

  (ハ)金融緩和は、少なくとも金融マーケットには直接影響を及ぼし株価上昇と円安をもたらすことは事実である。
その結果、株価上昇により恩恵を受ける人と受けない人、円安によって 恩恵を受ける輸出関連産業と支払いが増える輸入関連産業並びに輸入品を買う消費者の間で所得移転が起こることになる。
小泉構造改革時代、円安により輸出が大幅に増加したが、輸出産業の利益は内部留保や配当として富裕層に配分され、他方、多くの雇用者の所得はむしろ減少し、格差が拡大したことに留意せねばならない。

  (ニ)金融アプローチは、所得配分上の格差、特に若い世代への過少配分(非正規雇用のすう勢的増加や、技術革新による雇用の場の減少による)と世代間格差(それに基づく非婚化や少子化)を解消するものではない。
  経済の持続的成長には、こうした「分配面の配慮」についての具体的施策が必要であることに、十分に留意しておく必要がある。

(2)こうした諸点を考慮するならば、新しい金融政策の中に含まれる「仮説」にも十分目を凝らし、この政策を「万能薬」「即効薬」と決め込まない冷静さが求められる。
 仮に多くの国民が今回の金融緩和策を「万能薬」や「即効薬」であると思い込むことになれば、金融緩和策への期待が大きくなり過ぎ、その結果、期待通りの政策効果が十分に得られない場合には、そのことへの失望や反動もまた過大なものとなってしまい、大きな副作用が生まれてくることが懸念される。
 従って、国民の側の冷静さを保つためにも、新金融政策のもつ「仮説性」に踏み込み、これを検証しておくことが必要であると考える。

(以下、次稿へ続く)