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新金融政策は「打出の小槌」になるか?(その2)―新金融緩和策に含まれる「仮説」―

text by

小泉龍司

2013.04.16

1.前稿に述べたとおり、黒田新日銀総裁による新金融緩和策には、次の3つの前提が(暗黙のうちに)置かれている。
 これらの前提を、我々はどのように理解すればよいのか。以下、少し詳しく整理してみたい。

2.「日銀は通貨供給量をコントロールできる」という前提について

(1)通貨には次の3つがある。

  (イ)現金
  (ロ)個人・法人等が銀行に預けている預金(口座決済により、あるいは引き出して現金として使うことができる。)
  (ハ)銀行が日銀に預けている預金(日銀当座預金:口座決済により、あるいは引き出して現金として使うことができる。)

 これらの合計が通貨供給量であり、このうち(イ)と(ハ)の合計を「マネタリーベース」(基本となる通貨)と呼ぶ。

(2)今回の緩和策も含めて、日銀による通貨供給量の増加は(ハ)銀行が日銀に預けている預金=日銀当座預金勘定残高を増やすことによって行われる。
 具体的には、銀行が保有する国債等を日銀が買い上げ、その代金を銀行がもつ日銀当座預金勘定に振り込むことによって、その残高を増加させる。
 (イ)現金と(ロ)個人・法人等が銀行に預けている預金を日銀が直接増やすことはできない。
 (ロ)個人・法人が銀行に預けている預金を増やすことができるのは、民間銀行である。民間銀行が貸出しを増やせば、そのお金は巡り巡って預金として民間銀行に戻ってくる。それを原資としてまた貸出しを行えば、同じことが繰り返されて銀行への預金(=通貨供給量)は増えていく。
 これは、銀行等の「信用創造機能」と呼ばれており、通貨供給量はこの信用創造機能にも大きく関わっている。
 すなわち、銀行が貸出しを増やせば通貨供給量は増えるが、銀行貸出しが減れば通貨供給量も減少する。

(3)こうした意味で、通貨供給量は日銀だけでコントロールできるものではない。
 現実に小泉構造改革時代の日銀の量的緩和によって、通貨供給量は増加しなかった。

 日銀当座預金勘定の残高が増加すると、銀行の手持ちの資金が増えることになるので、銀行が貸出しを増やすことが期待されたが、現実には、資金需要の低迷、貸出しに伴う不確実性の増大により、銀行は貸出しを増やさずに再び国債の購入にその資金を充てたのである。
 つまり、日銀から出された資金は市中には出回らず、政府の赤字ファイナンスとして国庫に収納されたのである。
 従って、日銀当座預金勘定残高の増加によって、通貨供給量が増加することはなかったのである。

3.「通貨供給量によって物価水準は決定される」との前提について

(1)経済学のいわゆる「貨幣数量説」は、次の公式を論拠としている。

P(物価)×Q(生産量≒経済活動の総量)
=M(通貨の供給量)×V(通貨の流通速度)

 物の生産と流通の裏側には、常に通貨による決済が伴っているから、この式は実物経済の生産・流通の総額=通貨による決済の総額、ということを意味しており、恒常的に成り立っている。この式は、

P(物価)=M(通貨量)×V(通貨の流通速度)
           Q(生産量)
  と書き換えることができ、もしここでVとQが「不変ならば」P(物価)は、M(通貨の量)に比例することになる。  つまり、通貨供給量を増やせば物価は上がることになる。

(2)しかしながら、ここで前提となる「V(通貨の流通速度)が不変である」という仮説は、過去の動きを見る限り成り立っていないことが実証されている。
 80年代後半から2009年まで、通貨の流通速度はすう勢的に低下してきており、特に金利が低水準になると、流通速度は一層低下している。
 簡単に言えば、通貨供給量を増やすことができたとしても、それがあまり使われない、例えばタンス預金などの形でそれが個人等の手元の留まってしまうような状態にあるということを示している。
 この通貨の流通速度が小さくなれば、通貨供給量が物価に与える影響もそれだけ小さなものとなる。

(3)こうした静態的な分析を発展させ、通貨供給量が物価に与える影響を将来への「期待」という要素を取り入れて動態的に定式化したのが、ポール・クルーグマン(ノーベル経済学者)の論文(“JAPAN’S TRAP”1999年)である。

  (イ)クルーグマンによれば、「日本は金利がゼロ近辺まで低下し、これ以上名目金利を引き上げられない『流動性の罠』に陥っており、従来の金利政策は効果を失っている。そこで新たに中央銀行が通貨供給の量を増やして、将来への『インフレ期待』を引き起こすことができれば、名目金利から期待物価上昇率を差し引いた『実質金利』を引き下げることができ、企業の設備投資や家計の住宅投資が刺激され、景気は回復に向かい、それに伴って直近の物価も上昇する。」
  (ロ)このクルーグマン理論によれば、

(A)直近では金利がゼロ近辺にあるため、通貨供給量を増やしたとしても、金利水準(名目も実質も)をこれ以上引き下げることはできないため、景気を回復させたり、その結果として物価を上昇させることはできない。
(B)しかしながら、金融の量的緩和が将来まで続いていくと予想される状況になれば、将来は景気が良くなり物価は上昇すると予想する人が増える。これが「インフレ期待」である。
(C)ではなぜ、金融の量的緩和は
(ⅰ)直近では、金利をこれ以上引き下げられないため、景気回復やそれに伴う物価上昇をもたらすことができない(とクルーグマンにより判断される)にもかかわらず
(ⅱ)将来の時点では、景気回復と物価上昇をもたらすと期待できるのであろうか。
(ⅲ)ここが、クルーグマン・モデルないしマネタリズム(貨幣数量説)の最も大きな「コア」となる部分であると考えられる。
クルーグマンは「将来の時点では『流動性の罠』からは脱却し、金利は通貨供給量の増加により引き下げられる状況になっている。」と「仮定する」のである。
つまり、この理論の最もコアな部分は重大な「仮説」により構成されているのである。
この仮説の下では、将来時点では量的緩和により金利を引き下げることができるので、その結果、景気は回復し物価は上昇するという予想=「インフレ期待」を起こすことが可能となる。
しかしながら、量的緩和を継続する中で、どうして金利がゼロ近辺よりは上昇した状況(=金利を引き下げることができる状況)になっていくのか?理論的に整合性に欠ける仮説と言わざるを得ないのではないか。

(4)では、現実に通貨供給量と物価は連動してきたのだろうか?
 デフレが始まった1990年代半ば以降、通貨供給量と消費者物価の動きは大きく乖離している。
 特に、今回日銀が新たな政策指標にすることにしたマネタリーベース(現金+日銀当座預金勘定残高)と物価の間には、ほとんど連動性は見られない。
 また、世界的に見ても1980年以降、通貨供給量と物価の間に安定的な関係は見出されなくなった。
 ゼロ金利の時代に入り、クルーグマンの上記の論文が発表されるまでは、経済実態に適合しないマネタリズムはいつしか忘れられていたのである。

4.「物価上昇ないし物価上昇の期待が経済成長率を引き上げる」との前提について

(1)この命題は2つの過程により構成されている。
  (イ)将来へのインフレ期待が直近の実質金利を引き下げ、それによって企業の設備投資や、個人の住宅投資を刺激し、景気が回復する。
  (ロ)景気が回復することにより、現実に物価が上昇する。

(2)この(ロ)の部分については、異論は出ないであろう。
 問題は「期待」にかかわる(イ)の過程である。
 他の条件を無視すれば、インフレ期待⇒実質金利低下(お金を借りても返済する時には通貨の価値は物価上昇により下がっているので返済しやすくなる、という効果)は、一定の景気刺激効果をもつ。
 しかしながら、かつての成長期とは異なり、現時点で法人や個人が長期投資の際に行う「将来予想」は、当然、「物価予想」だけではない。
 人口減少や高齢化、新興国との競合によるマーケットの変化や縮小、日本の財政赤字や世界的な財政危機に伴う不確実性の増大といった、様々な重要な予想=期待が織り込まれることになる。
 こうした問題をさて置いて、「インフレ期待」だけで大きく投資動向を決定できる状況にあるわけではない。

(3)さらに個人の立場に立てば、逆方向に消費抑制が働くおそれもある。
 後に別稿で述べるように、これまで賃下げにより労働分配率が低下してきた中で、今後、賃金・所得の増加がどういう形で実現するのかは、容易には見通せない。
 そうした状況の中でなおインフレ期待が生じるということになれば、それは「自らの実質所得の減少期待」が生じるということにも等しい。
 その結果、将来物価が上がるのなら今のうちに買おうという行動が生まれる可能性もあるが、モノが飽和する中ではむしろ、将来の実質所得の減少に備えて消費せずに貯蓄しようという行動に、多くの家計が傾く可能性も否定できない。
 所得分配格差が拡大している現下の状況の下では、「インフレ期待」は従来の経済学の想定とは異なる方向への効果を生むおそれがあることにも留意しておかなければならない。

(以下、次稿へ続く)