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新金融政策は「打出の小槌」になるか?(その3)―政策の波及経路の検討―

text by

小泉龍司

2013.05.23

1.前回までの2回にわたり、日銀の量的緩和策について(専門的になり過ぎたきらいがあるが)、

 (イ)日銀はマネー(通貨供給量)を増やせるか。
 (ロ)マネーの増加は物価上昇に結びつくか。
 (ハ)物価上昇は経済成長率を引き上げるか。

という点について、理論的検討を行った。
 本稿ではより現実に即して、金融緩和による物価上昇を支持する論者が主張する経済波及の経路について検討したい。
 金融緩和による経済波及の経路については、論者によってかなり異なるが、概ね次のような5つのルートが主張されている。

(1)円安による輸出関連企業の増収増益による景気刺激効果⇒物価上昇
(2)株高により株式保有者の資産価値が高まり消費拡大⇒景気刺激効果⇒物価上昇
(3)株高により資本市場での資金調達(増資)が容易になり、企業による投資が活発化⇒景気刺激効果⇒物価上昇
(4)将来へのインフレ期待が実質金利を引き下げ、企業の投資が増加⇒景気刺激効果⇒物価上昇
(5)将来へのインフレ期待により消費の前倒しが起こる(物価が上がる前に消費しようとする)⇒景気刺激効果⇒物価上昇


2.円安による輸出関連産業の増収増益を通じる波及について【1.(1)】

 2000年代前半の円安により、当時、輸出は年平均10%の伸びを示し、輸出関連産業は増収増益が続いたが、輸出に関係しないドメスティック(国内)企業の利益はこの時期を通じてマイナスが続いた。
 また、非正規雇用への大幅なシフトが起こり、雇用者の賃金が減少したのもこの時期であったことに留意する必要がある。
(結局潤ったのは、輸出関連産業の株式を保有し、高配当を受け取った富裕層のみであった。)
 また、円安の裏面の効果として、輸入関連産業の利益の圧迫、輸入物価の上昇による国民所得の目減りにも注意する必要がある。


3.株高による資産効果を通じる波及について【1.(2)】

 国民の金融資産に占める株式の割合は1割以下であり、「野球のファンよりも株主の方が多い」と言われるアメリカとは状況が異なっている。
 また、個人株主の方々は、過去の株価下落による損失を取り戻している過程であり、「ちょっとした贅沢支出」はあり得るが、賃金・所得が上がらない中、株高だけで消費全般を継続的に押し上げられる状況にはない。


4.株高及び実質金利低下による企業投資の増加という経路について【1.(3)(4)】

 企業は既に約240兆円規模の潤沢な社内留保を保有している。
 従って、投資を促進するために今、必要なことは、企業の資金調達コストをこれ以上引き下げることではなく、投資による期待収益率を高めることである(この意味で「成長戦略」の重要性が指摘されている。成長戦略については改めて別稿で述べることとしたい)。
(なお、付言すれば、実物期待収益率が変わらなければ実質金利は変化しないはずであり、従って、もし期待インフレ率が上昇するならば、各目金利が上昇してしまう可能性も当然あると思われる。)


5.インフレ期待が消費の前倒しにつながるという点について【1.(5)】

 現在の消費の停滞は、賃金/所得の減少、雇用不安、老後への不安といった要因により生じていると見るのが、より現実的であると考えられる。
 ユニクロの商品価格が来年はもっと下がりそうだから、今年は買い控えする、という行動を消費者がとっているとは考えられない。
 むしろ、インフレ期待が生じた場合には、将来の所得の目減りを恐れ、より貯蓄を重視する傾向が強まる可能性がある。現に最近の調査では、低所得層にその傾向が見られる。


6.このように見てくると、どのルートも決め手を欠くと考えざるを得ない。
 むしろ、次のような状況が生じることが懸念される。

(1)輸入物価の上昇による企業・家計の圧迫。
(2)余剰資金が株式・不動産に向かうことによる、資産バブルの発生。
実体経済を離れた資産価格の高騰はいつしか限界に突き当たって大きな値崩れを起こし、実体経済に大きなダメージを与える。
(3)輸入物価の上昇による年金の目減り。
物価上昇分程には年金額が増額されない仕組み(マクロ経済スライド/2004年導入)が初めて作動することになる可能性がある。
(4)金融機関による国債の売却。
我が国の国債発行残高がどこかで頭打ちになる目途は未だ立っていない。

 従って、国債を大量に抱える金融機関は、財政破綻による国債価格の暴落(長期金利の急騰)というリスクに潜在的にさらされ、その対応を模索している。
 近年、特に大手行が、残存期間の長い国債から残存期間の短い国債に、保有国債を切り替えてきたことにも、そのことは表れている。
 巨額の国債保有(大手行で数十兆円規模)のリスクを免れるため国債の売却を進めようとすると、それが引き金となって、現実に国債価格の暴落が生ずる恐れがあるため、金融機関は表だって日本国債の売却を進められなかったが、日銀が毎月7兆円余りの国債を購入し続けることになったため、大手銀行はそろりそろりと国債の売却に動き始めた(4月は2兆7000億円の売越し)。
 これが、5月に入って以降の国債価格の低下(長期金利の上昇)傾向の背景にある一つの大きな要因である。
 日銀が大量の国債を購入し続けることを確約しているにもかかわらず、長期金利が上昇傾向を示していることは、政策当局にとって「想定外」の事態である。国債保有に関する投資家の意識の微妙な変化が、日銀の国債大規模購入の裏側で図らずしも顕著化した結果であると思われる。
 この動きが今後どのように展開していくのか、極めてセンシティブに見守る必要がある。

(以下、次稿に続く)