基本政策

米国のイラク攻撃について考える

text by

小泉龍司

2003.03.28

 米国によるイラクへの武力攻撃が始まり、刻々全面的な戦争状態へと状況は突き進んでいます。小泉総理は、米国の武力攻撃に対し、「支持」を表明し、この問題を巡って国会の論戦及び世論の中で、様々な議論が行われていますが、私の考え方を申し述べたいと思います。
 この問題は、複雑な事実関係や歴史的経緯、北朝鮮を巡る問題についての状況判断など、多くの事柄が関係していますが、できるだけ簡潔に判りやすく申し述べることを旨としたいと思います。

1. 政府の「支持表明」について

  1. 小泉総理の国民に対する説明不足を批判する声が世論の7〜8割を占めているが、私も政府はこれまで国民に対し、十分な説明と説得を行ってこなかったと考える。
    すなわち
    1. 米国の武力攻撃以前には、新しい安保理決議なしに米国の武力攻撃が行われた場合、これを支持するのか否か一切答えていなかった。
    2. にも関わらず、武力攻撃後は極めて明確に
      • 米国を支持する
      • その法的根拠は、昨年12月の安保理決議(決議1441)及び10年前の湾岸戦争時の安保理決議(決議678、決議687)であるとの説明を行っているが、実はそういう判断を安保理は行っていない。
    3. 米国の武力行使については、「新しい安保理決議が望ましい」というのが、内閣の主張であったが、何故望ましいのか、また今回、新しい決議が行われていないという状況をどのように評価するのか説明が行われていない。この点をどう説明するのか不明確である。
    4. 北朝鮮の脅威を抑止するためには、日米安保条約を米国が履行してくれることが必要不可欠であるという事情は、今回の米国支持とは全く無関係であるという立場を内閣は建前としてとっているが、実質的にその点をどう判断しているのか不明瞭である。
    5. 小泉総理は記者団及び国会に対し、「支持」する旨の説明を行ったが、各国首脳のように(特にイギリスのブレア首相のように)、直接国民に対して説明を行い、説得を試みることしていない。
  2. 米国の先制攻撃は、次の二つの点で、これまでの国際法秩序の基本原則とされている考え方の枠を越える行動である、という点を見過ごすべきではない。
    1. 独立国家の主権を尊重(内政干渉を行わない)というウェストファリア条約の考え方
    2. 国際紛争に関しては、国連の枠組みの中で処理・対応するという考え方
  3. また、現実の問題として、「戦争状態」が生ずれば、個々には全く罪のない民間人等が殺傷される、という事実の重みを深く受けとめる必要がある。

2. 国連による査察について

 これまでイラクは、湾岸戦争後、査察を受け入れてきたが、約3年間にわたり査察を拒否してきた経緯もある。また、日本の約2倍の国土面積に対し、全関係者を含めても300人足らずの人員で行われてきた国連による査察が十分に機能していないということも事実である。

3.私の考え方

  1. 米国による先制攻撃の基本にある考え方は、米国流の自衛権の発動であり、テロを中心とする自国民の生命への脅威をコントロール可能なうちに排除するという考え方に基づいている。
     「テロを待って反撃するのは自衛行為ではなく、自殺行為である」とのブッシュ大統領の演説にその考え方が端的に現れている。
    米国は、先制攻撃を侵略の手段には決してしないとの立場を明確にとっていることも事実であるが、今回の米国の行動が正しいということになれば、他の軍事力を有する諸国が同じ大義名分の下に、他国に先制攻撃を仕掛けた場合、にこれを非難し、制御する根拠が失われてしまうことになる。
  2. 他方、国連の枠組みにも、十分な力が与えられていないという事実も見逃すべきではない。(上記2.の通り。)
  3. 我が国は、以上のような点を踏まえて、
    1. 米国及び安保理理事国に対し、国連による査察の徹底的な強化、具体的には、今回米国が投入した兵力規模に匹敵する程度の人員によるイラク全土の徹底的かつ無期限の査察を行う仕組みを提唱するべきであったと考える。
    2. こうした行動は、日米安保条約の条文及び精神(考え方)に背くものではない。
      日米安保条約は、我が国の政治的、軍事的な「生命線」であることは事実であるが、日米安保条約は、国連による世界秩序の維持を前提として、その枠内で取り決められた二国間条約である、と日米双方により位置づけられている。従って、日本による上記1. のような国際社会への提案は日米安保条約と矛盾するものでは全くない。
  4. こうした取り組みを各国に先駆けて、日本が強力に押し進めた場合においても、米国が武力攻撃に踏み切ることとなった可能性は大きいが、少なくとも我が国は国際社会への発言力を維持することができたであろうと思われる。
  5. それでもなお、米国による武力攻撃という現実に直面した場合、我が国がとるべき立場はどうであろうか。

 私は、日本国政府としては、『米国が大量破壊兵器を用いたテロにより、自国民が大量に殺戮されるという状況を二度と直面したくない、それが国家としての国民に対する責務であるという考え方は十分に「理解する。」
 ただし、そうしたリスクを米国は、先制武力攻撃により回避できたとしても、地球規模で見た場合、他の地域において、先制攻撃による戦争を国際社会が抑止できなくなる可能性があり、その結果生ずる武力衝突の災禍を人類全体が被るおそれが増大するという点については、米国の理解を強く求めたい』、とのスタンスをとり、そうしたメッセージを内外に明確に発するべきであったと考える。

この問題については、是非とも皆様のご意見を頂戴したいと考えております。