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スタート地点

<政治家としてスタートした地点>

 今からちょうど16年前の平成5年(1993年)、戦後はじめて自民党が下野し、細川連立政権が誕生した年、私は、旧大蔵省からコロンビア大学(ニューヨーク)に出向し、客員研究員として1年間米国の社会をつぶさに見聞する機会を得た。
 アメリカ、特に大学は自由な空気に満ち、世界中から人材と情報が集まる素晴らしい「学びの場」であった。多くの友人にも恵まれた。
 しかしながら、一歩ニューヨークの街の中に足を踏み入れると、そこには、失業と貧困、そして信じられないような経済格差が広がっていた。
 リストラ=「リストラクチャリング」という言葉を私がコロンビア大学ではじめて耳にしたのも、ちょうどその年であった。
 華やかなアメリカの表層とその裏側に隠されている「国民の分断」。このギャップはどういうことなのだろうか?私は大きな衝撃を受けた。
 調べてみると、当時、既にアメリカは、所得上位わずか1パーセントの富裕層が国富の40パーセントを占有する厳しい格差社会となっていたのだ。
 テレビでは、当時のクリントン大統領夫人、ヒラリー国務長官が貧困層対策として、国民皆保険の導入の必要性を声高に叫んでいたこととも記憶している。
 私は、すぐに直感した。
 このアメリカ社会の姿(経済格差の拡大・社会保障の切捨て)は、間違いなく10年後の日本の姿になるに違いない・・・。
 私が、政治を志すことを決意したのは、この年の冬であった。
 平成八年の春に旧大蔵省を辞し、平成十二年初当選を果たすまで、そして今また再起を期する今日まで、長い道のりであったが、私の政治家としての志の根底には、常に、アメリカという国が持つ、この大きな矛盾が問題意識として横たわっている。
 そして今日、都市と地方の間の、また持てる者と持たざる者の間における格差と分断は、一人アメリカだけではなく、日本が抱える最も大きな問題の一つとなってしまった。

<「改革政治」の時代を経て>

 この問題を見過ごしたまま、日本は、小泉内閣の登場とともに、「改革政治」の時代に入っていった。
 「構造改革」とは何であるのか?当時(そしてもちろん今も)どこにも公式の定義は存在せず、それを追及してもいけないような雰囲気が国会にもあったが、小泉総理退陣後、「構造改革」のエッセンスは「市場原理主義」であったという理解がようやく、国民の間にも広がってきている。
 「市場原理主義」とは、アメリカに近づこうとすることであり、アメリカに近づくことがすなわち「改革」である、と実質的には定義されていたと考えて良い。
 アメリカに近づく?政治家としてのスタート地点が「アメリカへの疑問」であった私にとっては、基本的に受け入れ難い方向性であった。
 郵政民営化法案に反対した個々の論点は複数あるが、今述べた私の政治家としてのバックグラウンドの中に、その基本的な理由があったことをご理解頂きたい。

<「官と民」しかないのか?>

 人、そして社会を動かすことができる確実な方法が2つある。
 一つは権力である。「~しないと罰するぞ」と言われれば人は動く。もう一つの方法は利益による誘導である。「~するともうかるぞ」と言われれば、やはり人は動く。
 人と社会を動かす方法として、どちらが優れているのか?
 権力は官であり、腐敗する。そして、効率が悪い。だから「官から民へ」― 人と社会を動かす方法は、利益による誘導が良い。これが「改革」政治の論理である。
 しかしながら、そこには2つの大きな落とし穴がある。
 第一に、官が間違っているから常に民が正しいわけではない。(民には、耐震構造の偽装、食品表示の偽装、偽装請負、介護事業の不正など大きな社会問題となった事例が急増している。)
 第二に、そもそも人や社会を動かす原理は、権力と利益、二つしかないのか?
 地域社会を現場で支える多くの社会活動は、権力に命令された訳ではないし、また、利益を求めるものでもない。
 そこにあるのは、皆の幸せのために、皆が互いに協力するという、人間に本来備わった考え方と行動である。
 公(おおやけ)、あるいはパブリックと言う行動原理である。官から民へという言葉の連呼の中で、「改革政治」がこの「パブリック」を見失ったことが、日本の政治として致命的である。
 「官と民」という二つの発想しか政治が持ちあわせなければ、資本主義に内在する「ルールなき富の奪い合い」の結果生まれる国民の分断を防ぐ手立てはない。
 1980年代までは、ソビエトという社会主義国家がアンチテーゼとして存在したために、主要先進国にも、まだ社会主義革命へのおそれがあった。
 しかし、この社会主義・共産主義が失敗に帰してから後、90年代後半以降は、躊躇することなく、主要先進国は規制緩和による市場原理主義、「小さな政府論」による社会保障の軽視へと動き、これが「グローバリゼーション(世界のアメリカ化)」と呼ばれるようになった。
 その中で世界中の富が確実に一握りの「強者」へとシフトしている。それに歯止めをかけるべき「パブリック」という仕組みも次第に忘れ去られようとしている。
 これが今日、我が国が置かれた状況である。