(1)
ロシアのウクライナ侵攻について、5つの戦線に戦力を分散したロシア軍の停滞が指摘されているが、もう1つ、戦場の外で、ロシアは大きな「市場の制裁」に直面しつつあり、おそらくその深刻度は、ロシアの事前の想定をはるかに超えるものである。
(2)
まず大きく報道されているとおり、グローバル企業のロシアからの撤退が相次いでいる。
英石油大手BPや同じく英石油大手シェルは、ロシア国営企業との合弁事業から撤退すると発表し、ノルウェーのエネルギー大手エクイノールもロシア事業からの撤退を発表した。
独ダイムラートラックも、ロシアでの事業活動の停止を決定。
マイクロソフトもロシア国営メディアを排除。
米クレジットカード大手のVISA、マスターカードもロシアの金融機関を決済網から排除したとの発表を行った。
(3)
ロシア政府は既に国外への外貨送金を禁止しており、SWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアが締め出されたこともあり、外資企業はロシア国内での事業利益を本国に送金することが困難になりつつある。
こうした西側の制裁は、少なくとも数年は続くと見られており、利益の送金ができないとなれば、ロシアを脱出する企業が今後さらに出てくる可能性が大きい。
(4)
ルーブルからも資金が逃げ出しつつある。
既にルーブルは、先週来、3割程度下落した。
ロシア中央銀行は、約73兆円に積み上げた外貨準備を使って、ルーブル防衛のための為替介入を行おうとしたが、西側諸国はこれらの資産の凍結を決定し、ロシアの為替介入は封じられた形になっている。
(5)
ルーブルの下落は、物価を大きく上昇させることになる。
ウクライナ侵攻前の1月の物価上昇率は、既に8.7%の水準であったが、ルーブル安により、近く物価上昇率は2ケタに達するとも見られている。
(6)
加えて、米格付会社がロシア国債を「投機的」水準に格下げしたため、ロシア企業はグローバル金融市場での資金調達が困難になりつつある。
また、ロシア政府は既にルーブル建のロシア国債を保有する外国人投資家に対する利払いを停止している。
このまま事態が推移すれば、ロシアが対外債務の不履行におちいる可能性が極めて高いとの見通しも出てきている。
ロシアはかつて1998年に、デフォルトを起こしているが、その際は国際通貨基金(IMF)による救済支援や外国からの手厚い支援の手が差し伸べられた。
しかしながら、今回はそうはいかないであろう。
その結果、ロシアの資産を持つ海外投資家はその資産を取り戻す術を失ってしまう恐れが大きい。
その場合、ロシアの信用力は大きく棄損し、国際金融市場に再び復帰することは極めて難しくなると予想される。
(7)
こうした各国政府による制裁とそれに反応しつつ、市場の中で生まれてくる企業や投資家のリスク回避行動が相まって、ロシアの経済・金融システムに対する極めて大きなダメージの連鎖が始まっている。
その影響の広がり、速さ、そして深刻さは、明らかにロシアの事前の想定を超えていると思われる。
我々が守ろうとしている「安定した平和的国際秩序」が担保するものの大きさに、我々は今一度しっかりと目をこらす必要がある。