(1)多党化のコストと意義
①公明党の連立離脱により、我が国の「多党化」がさらに一歩、大きく前へ進むことになりました。まずそのコストは何か、と言えば、合意形成にかかる「時間」と「お金」(財源)が増大することであると思います。
②これまでは、自公を一つの単位(グループ)と見なせば、自公+1の組み合わせを模索しこれを実現できれば、過半数を形成できましたが、今後は、連立であれ、個々の予算案・法案協議であれ、自民党に加えて 2つ以上の政党の組み合わせ(自民党+1+1)を見つけ出さなければ、過半数の形成はできなくなりました(ただし、自民党と立憲民主党の組合せの場合は除く)。
③そして、その合意に参画する政党数が増えれば、それらの政党の間に生ずる関係数は2党協議の場合は1つですが、3党協議になれば3つ(2+1)、4党協議になれば6つ(3+2+1)という形で、加速度的に増加していきます。
④結果として、交渉のために要する「時間」、予算措置を伴う場合には、合意形成のために必要となる「財源」が増大していく可能性が大きいと考えられます。
⑤調整時間の増加は、タイムリーな政策の実施を妨げることになります。現に、物価高対策のための補正予算の編成・審議の開始が大幅に遅れています。
外交においても、月末のトランプ大統領の来日を控えて、その対応策についての準備も進んでいません。
⑥しかしながら、他方、衆参の選挙の結果、国民の選好として示された「多党制」に国民が求める期待は、与党の提案と野党のチェックという、これまでの合意の仕組みではありません。複数の「政策アイディアの提案と競い合い」、そのための「熟議」であり、不明朗なこの時代、そのことには極めて大きな意義があると考えられます。
⑦これまでは実質的な政策提案権は与党が持ち、野党はそのチェックないし一部修正という形で合意形成が行われてきました。
今後はどの政党も、与党であれ野党であれ、過半数を持たず(決定権者がおらず)その結果、いずれの政党も対等の立場で政策提案・協議のテーブルにつくことができるようになります。
こうした意味で、公明党の連立離脱は、我が国に本格的な多党制時代をもたらしたということができます。
(2)政策テーブルについた各党に求めること
①さて、このようにして政策テーブルは設定されましたが、いずれの政党もまだテーブルに上げていない極めて重要な政策アイテムがあります。
それは物価高への対処療法策(減税、給付、給付付き税額控除など)ではない、それ以前に存在する問題です。
不十分な賃上げと物価上昇の狭間で、貧しくなっていく国民と失われていく中間層。
この問題の真の原因究明とその本質的な解決策がどこにも示されていないのです。
②最近、複数の民間エコノミストが、この点について的確な指摘を行うようになってきましたが、この問題の真の原因は、法人企業部門によるマクロ資金フローの堰き止め(貯めこみ)です。
90年代半ば以降、日本の法人企業は、賃上げや設備・研究開発投資などを抑え込みながら利益を確保し、これを海外へ直接投資(工場移転)し、あるいは現金預金として保有してきました。その結果、年々、企業の内部留保は積み上がり、昨年末には、その残高は約600兆円に達しています。
③年間の賃金(雇用者所得)は約300兆円。これに対して企業は、毎年25〜30兆円の内部留保を積み増しています。マクロの経済循環・資金フローの中で、法人企業部門がその流れを堰き止め、家計に資金が回らなくなったことが「失われた30年」の主因です。
④この間、労働生産性は伸びていますが、それに見合う賃上げが行われることはありませんでした。
⑤加えて、団塊世代が後期高齢者となっていく中で、消費税率の引き上げ、社会保険料の引き上げなどが行われ、これらが間違いなく家計を圧迫してきました。その上に資源エネルギー価格上昇と円安等による物価上昇が重なり、家計の苦しさが増しています。
⑥毎年積み上がる25〜30兆円の内部留保から、
5~6%の賃上げ(ベースアップ、1%=3兆円、3兆円×5~6%=15~18兆円)の賃上げは可能です。
(600兆円の内部留保の取り崩しまで求めるものではありません)
しかし、賃上げの決定権は企業にあり、政府の呼びかけだけで、十分な賃上げを実現することはできません。
⑦その中で一つだけ具体的方法があります。
それは、賃上げ余力があるにもかかわらず、賃上げが不十分な企業の法人税負担の引き上げです。その増収分を家計を通じて循環させること。
⑧これは、物価高対策の財源を法人に求めるという対処療法的な考え方ではありません。
失われた30年の大元の原因を断ち切り、新たな資金フローの「水路」を作る政策措置です。資金が溜まっているところに蛇口と水路をつけ、溜まっている資金を家計に流し込むための措置です。
(5〜6%以上のベアを行う企業の負担を増加させる必要はなく、また、赤字企業の負担を増加させるものでもありません。当然、中小企業への配慮も必要です。
⑨こうして法人に求めた負担をどのような方法で、家計に還流させるか、その具体的方法については、各党の政策アイディアに委ねればよいと思います。
現時点では、消費税の食料品税率の引き下げ、所得税減税、給付付き税額控除の導入など、分配の方法論のところで各党が競っていますが、その前提となる法人で堰き止められた資金の開放については、いずれの党も問題意識が十分ではなく、スルーしているように見えます。
⑩目を見開いてより大きな視野で、起こっていることの本質を見通した上で、設置された政策テーブルの場で、「失われた30年」の本質解明を行う責務が、全政党、全会派に、課されていると思います。

